魔砲『クラウド・クラスター・キャノン』(前編)

「“古の天災”ですか……」


 叡持は魔導士の言葉を聞き、自分のデータベースを探し始めた。


 以前、自分が開発した魔術。確か、それは“天災”をキーワードにして開発をスタートさせた——。




 この世界の天災、特に人間目線の天災は三種類ある。一つは大気によるもの。強風、大雨、暴風雨などが挙げられる。次は地殻変動によるもの。地震、噴火、津波などが代表的だ。

 そして最後が、強力な魔物による災害。余りにも魔物による被害が大きかった場合、それも天災と呼ばれる。イナゴの大量発生が天災と呼ばれたのと似たようなものだろう。


 このような天災を、魔術によって制御出来ないか。古来の魔術では、最上級の魔術として伝承されているものもあるが……。更に安定的に天災を制御出来ないだろうか。


 このうち、強力な魔物による天災は既に制御出来ている。シオリさんを派遣すれば、帝国の4,5個くらい簡単に滅ぼせる。更に、シオリさんの力は凄まじい。シオリさんのおかげで、僕は様々な魔道具を開発し、あのような城を築くことが出来た。

 天災の力を制御した、と言えばシオリさんに失礼だが、天災と呼ばれる魔物の力に協力してもらっている、と考えれば、今後新たにこのタイプの天災を制御しようとは考えない。


 地殻変動による天災はどうか。もし制御出来れば、少なくともこの世界を滅ぼすことが可能だ。しかし、そもそも自分には世界を滅ぼすメリットがない。都市を消滅させるなら、光弾の雨を降らすだけで十分だ。地殻変動のエネルギーを利用できないか。正直、そのエネルギーを利用するなら、今のあの城のエネルギーシステムの方が遥かに効率がいい。


 なら、大気によるものはどうか。このタイプの天災は、主に大気中に形成されたエネルギーの塊によって引き起こされる。深刻な被害をもたらす暴風雨は、言ってしまえば熱エネルギーの集合体が強烈な低気圧を発生させることで巻き起こる。


 つまりこのタイプの天災は、エネルギータンクが暴走することによって起こされる。世界から見たら暴走状態どころか平常運転なのだろうが、人間からしたら暴走と言って差し支えない。そして、人間からしたらこのエネルギーは膨大なものだ。何せ、帝国を滅ぼせる。のだから。


 このエネルギーを、もし利用出来たら……。


〇 〇


 ハヤテの健闘により、叡持は十分な時間を得た。彼はデータベースを漁り、かつての研究データをかき集めた。今思えば、シオリさんに協力を求めればよかった。叡持はやや後悔したが、十分な資料を得ることが出来たのですぐにその後悔を忘れた。


 叡持はかき集めた研究データを寄せ集め、つぎはぎだらけの魔術を組む。その場でシミュレーションをしながら、少しずつ調整する。


 最近はDドライバの研究ばかりだったので、それ以外の研究は出来なかった。少し前までは様々な研究を行っていたのに。



「ハヤテさん。本当にありがとうございました。あなたのおかげで、この魔術を発動させることが出来ます」


 一時的に構築された魔術は、とても洗練されたものではなかった。正面に円筒形の魔法陣を形成し、叡持の周辺に巨大な魔法陣が大量に展開されている。恐らく、余計な魔術も発動しているだろうし、中にはマイナスに働くものもあるだろう。

 その上、使用する術が多いので、それだけ起動時間も発動時間もかかる。今後は使用するパーツを整理し、更に効率的な魔術に改良するつもりだ。


「……あ、あの、叡持殿? この魔術は一体……?」


「“古の天災”とおっしゃられたので、こちらも天災の力を利用しようかと」


 ひょうひょうとした声が、法衣の内側から届く。


「……ってことは、もしかして、それ以外の方法でも突破出来るんですか?」


「これほどの脅威でないと発動するのがためらわれる魔術なのです」


 叡持の一言で、ハヤテは力がどっと抜けた。自分の苦労は、自分は脅威を突破するためでなく、実験のためのものだったのだから。まあ、自分の母親のことを少し知れただけでも良しとしよう。


「さて、始めますか」


 叡持を取り囲む魔法陣が一斉に光始める。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 分厚くて暗い色の雲が、空を覆い始める。どんよりとした空気が辺りに充満する。それは、これから大きな災害が起こることを暗に示していた。普通の動物たちは住処に逃げ込み、人間なら避難の準備をするか、家に籠るような空へと変化した。


「あははははっ! これほどの時間をかけ、これほど大量の魔法陣を展開しておきながら、結局は嵐を起こすだけか? 情けない!」


 竜の亡霊に護られながら、魔導士は叡持を挑発した。その時だった。


 カッ、と空が晴れた。あれほど覆っていた分厚い雲が、一瞬、本当に一瞬で消え去った。初めから、あれほどの雲なんてなかったかのように。

 代わりに姿を現したのは、真っ青な空。カラッと晴れ、心地よく、気分が爽やかになりそうな空だった。太陽光は、自分の心を洗ってくれるような優しくて強いものだった。


 その爽快な太陽光に照らされるのが、青い装束を纏った魔法使いだった。これほど心地よい光に照らされていても、あのゴーグルの不気味さは失われない。青白色に輝くその姿は、この快晴が、嵐の前の静けさであることを示しているようだった。

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