古の天災(後編)

「叡持殿!」


 ハヤテが全速力でこちらに向かい、叡持と合流した。


「ハヤテさん。ちょうどいいところに来てくださりました。少しの時間、あの亡霊を引き付けて頂けませんか?」


「え、はっ、はい——」


「ありがとうございます。それではよろしくお願いします」


 叡持は一言告げ、自分の周りに大量の魔法陣とコンソールを表示した。そのまま複雑な操作を始めた。


「え……、っちょ、ちょっと——」


『ハヤテ、今は無駄だ。叡持は今、試作段階の魔術を使用しようとしている。絶好のテストの機会だと、張り切って準備してるぜ』


「え、えぇ…………?」


 確か“時間を稼げ”、と言われたんだっけ? だけど、どうすればいいのか。ハヤテは途方に暮れた。突然時間稼ぎを命じられ、当の本人は自分の世界に入ってしまった。


『ハヤテ、私も出来る限り手助けするから、精一杯時間を稼ぐぞ。じゃあ——』


 ボオオオオオオオオオッ!


 シオリが言葉を言い終わる前に、亡霊は息吹を吐き出した。大火力の攻撃がハヤテに迫る。


『させるか!』


 その時、どこからともなく刺毛弾幕が降り注いだ。弾幕は業火を退け、振り払う。


『もたもたしてると焼け死ぬぜ。あれはお前の母であり、魔導士の操り人形なんだからな。じゃあ、行け!』


「は……、はいっ!」


 ハヤテは前足に装備した魔道具を起動した。


 シュルルルルルッ!


 射出された糸は一直線に亡霊へと向かう。


 ギッ!


 細い糸が、亡霊をガチガチに縛り上げた。


「グオオオオ……」


 亡霊がもがけばもがくほど、糸はきつくなり、ますます拘束が強くなっていく。


「そういえばこの糸って……、亡霊も縛れるんですね」


『レプリカとはいえ私の糸だ、なめちゃいけねぇ。それはそうと、集中力を切らすと——』


 その時、糸がプツン、と切れた。解放された亡霊は、体に絡みつく糸を取り払い、こちらに向けて大きく口を開けた。


 ボウウウウウウウッ!


 亡霊が、再び業火を吐く。


「おー……、とっとっとっ!」


 ハヤテはひらりと業火をかわし、こちらも口を思いっきり開いた。


 自分の顎に全神経を集中させる。翼から空間のエネルギーが体の中に入っていく。腹に力を入れ、溜め込んだエネルギーを、首から口へ、一直線に放った。


「食らえええ!」


 ハヤテの顎から、強烈な光線が照射される。その光線は一直線に……。



 亡霊の狙ったはずが、力んだせいで軸が狂った。渾身の光線は、あさっての方向に突き進み、空気を切り裂きながら遠くまで届いていった。


『……ハヤテ。どんな攻撃も、当たらなければ意味がないんだぜ』


 呆れた声が通信用魔術を通してハヤテに届く。


「はっ、はいっ! 気を付け——」


 ボウウウウウッ!


 ハヤテが気を抜いている時でも関係なく亡霊は攻撃を仕掛けてくる。ハヤテはとっさの判断でひらりと避ける。


「く……っ、なら……」


 ハヤテは光線を小出しに照射し、亡霊を牽制する。隙をついては糸を発射し、自由を奪う。自分の目的は、母親を解放すること。魔導士に操られ、中身のない亡霊と化した母を、ゆっくり休ませること。そのために、叡持殿が魔術を発動するための時間を稼ぐ。


 亡霊の体は煙の集合体。光線が命中しても、すぐに煙によって修復される。光線と糸を駆使した遅延作戦は、かなり有効だった。

 本当は隙をついて魔導士を直接攻撃しようとしたが、亡霊は自分の体よりも優先して魔導士を護る。この竜を突破しなくては、敵の大将へと辿り着けない。


 この亡霊と闘いながら、ハヤテはかつての母親に思いをはせた。


 亡霊は、恐らく生前ほどの強さは持っていない。だが、これほどの戦闘能力がある。しっかりと業火を避け、防御出来ているが、あれを一回でも浴びれば命はない。しかも、それほどの業火を簡単に放って来る。チャージに時間がかかるわけでも、そのあとしばらく攻撃が出来ないなどのリスクなしに放つ。自分は、どんなに頑張ってもこれほどの攻撃は出来ない。


 かつて、俺は、これ以上の力を持った竜に護られていた。そして、自分は今、こんなにも弱い。


 俺は、この程度で……、弟を護る、と粋がっていた。


 なんて滑稽だろう。


 俺は、こんなんじゃ……。……こんなんじゃだめだ。


 ハヤテは急加速し、巨大な亡霊と対峙した。再び顎に全神経を集中させた。翼を思いっきり広げ——。


『ハヤテ、よくやった。こんなに力に差があるやつとよくここまで戦い抜いた』


 通信用魔術を通じて聞こえるシオリの声が、ハヤテの集中を解除した。


『強くなったな、ハヤテ。あんな息吹、初めは出せなかったろ? それに、ここまで糸を使いこなすとは。流石だぜ』


 ニコッと笑っていそうな声が、ハヤテの耳に届く。その声に緊張をほぐされながら、ハヤテは口を開いた。


「と、棟梁……。でも……」


『あれほどテクニカルでトリッキーな戦闘はなかなか出来ないぜ。もう、遥かに格上の相手と戦うだけの素養は身に着けてるな。さて、お前はしっかりと戦い抜いた。あとは、任せようぜ。私たちの総大将にな!』


 シオリに言われ、ハヤテは叡持の方向を向いた。




 叡持は、巨大な魔法陣をいくつも展開していた。そのうち一番目立つのが、叡持の正面に展開された円筒形の魔法陣。竜の姿のハヤテよりも大きな円筒。その円筒に、周囲の魔法陣がエネルギーを送り込んでいる。


「ハヤテさん。本当にありがとうございました。あなたのおかげで、この魔術を発動させることが出来ます」

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