魔砲『クラウド・クラスター・キャノン』(後編)
「……な、なんだ。この空は」
魔導士は、恐らく初めて青空を見た。カラッと晴れ、心地よい光が降り注ぐこの空間を、初めて体験した。
世界は……、こんなにも、……美しい、のか?
魔導士は空を見上げた。そこに漂うのは、あの大賢人だった。青白色のオーラと、爽やかな太陽光が合わさり、幻想的な雰囲気を演出する。
……この魔法使いは。私を殺そうとしている。
だが、この魔法使いもまた美しかった。このような美しい空間を創り出す美しい魔法使い。広い世界の中にいる、囚われることのない魔法使い。こんなにも——。
カアアァァァァアンッ!
爽やかな大気が灼熱の大気へと変化した。急激に膨張した空気が爆風を巻き起こし、強烈な衝撃波が辺りを爆散させる。
そして、辺りのものが焼き尽くされた。一瞬だけ空が青白色の光に飲まれた。残像が長い時間残るほどの光が、一瞬だけ、確かに放たれた。あの、大賢人の魔法陣から。
仮面とローブを着込んだ魔導士も、凄まじい衝撃波、爆風、閃光に耐えることが出来なかった。亡霊を維持できるほどの精神は削り取られた——。
「やはり、まだ改良が必要ですね」
魔術のテストを終え、各種センサー及び探査ドローンからのデータに目を通す叡持。辺りは悲惨なことになっていた。ミスギスを一望できる山は完全に消滅し、その切り口さえ、熱変性を起こした岩石に覆われている。一部はガラス化もしているほどだ。ボコボコにされていた大地はまっさらに整備された。爆風と衝撃波は、土地の凹凸さえ吹き飛ばしてしまった。
だが、見たところミスギスは無事だった。消滅は免れたとはいえ、深刻な被害が出ている可能性はある。まあ、全員の魂が回収されるよりはましだろう。
魔法陣から放たれた光線は、見事亡霊に直撃。黒い煙は一瞬で蒸発し、跡形もなくなった。周辺への被害も甚大だが、これについては後から改良すれば問題ない。
「……こんな派手な攻撃しといて、まだ威力を上げるんですか?」
先ほどの攻撃を耐えきったハヤテが、叡持の下へ近づいた。とっさの判断で、糸でシェルターを作ったことであの攻撃を免れたのだ。
「逆ですよ。先ほどは威力の調整が出来ませんでした。今後は更に撃ちやすく、制御しやすくしなくてはいけません」
ここまでの大災害を起こしておきながら、叡持は淡々と分析している。そのような叡持を見て、ハヤテは思わず言葉が飛び出した。
「一体、あの魔術は何なんですか? 今までのものとはエネルギーが桁違いだったような……」
「はい。あの魔術は、簡単に言うと『圧縮版・爆弾低気圧』です」
叡持はコンソールを操作し、一つの魔術の設計図のようなものを表示した。
「魔砲『クラウド・クラスター・キャノン』。これが、この魔術の名前です」
「は、はあ……」
なんて物騒で、響きがいい名前だろうか。ここまで名前が記憶に残るとは。そういえば、いつも被検体の処分に使うあの魔術にも名前があるのだろうか。
「暴風雨のような大気の動きによる災害は、大抵の場合強力な低気圧によって引き起こされます。低気圧とは、簡単に言えば熱エネルギーの塊です。それが動き回り、災害をまき散らします。そのエネルギーは膨大です。帝国一つくらいなら簡単に滅ぼしてしまいます」
「……それって、結局嵐を起こす魔術で済むんじゃないですか? わざわざこんな複雑な魔術を開発しなくても」
「確かに。帝国を滅ぼすだけならその程度の魔術で可能です。ですが、もしこのエネルギーを更に効率よく利用出来たら?」
「……なるほど」
「あのような低気圧は、非常に長い時間にわたって大量のエネルギーを放出し続けます。なら、もしこのエネルギーを瞬間的に放出出来たら……」
叡持は再びコンソールを操作し、複雑な組魔法陣を表示した。
「この魔術は、まず初めに爆弾低気圧を起こします。これに関しては、古くからある、天候を操る魔術の応用発展形なのでいいでしょう。古い魔術を改造することでここまでエネルギーを集めることが出来るのですから、随分と楽なものです。そして、低気圧が発生すれば、そこに積乱雲やクラウドクラスターが形成されます。それのエネルギーが限界に達し雨や風として放出しようとした瞬間、そのエネルギーをすべて回収するのです」
「だから、あんなにどんよりとしていた空気が、一瞬で爽やかな快晴に変わったんですね」
「はい。まさかあそこまで天気がよくなるとは思いませんでした。まあ、この周辺のエネルギーを回収できたという証拠なのですがね。そして回収したエネルギーを、一気に放出します。数時間、数日間にわたってゆっくり放出されるエネルギーを、設計上は1フェムト秒ですべて放出します。発散時間はもっと短くするつもりですが、現段階でもこれほどの威力を持つのなら、チャージ時間を大幅に変更することや、にわか雨程度の積乱雲を利用してもよさそうですね」
弾むような声で、叡持は解説を続けていた。
「あの、じゃあわざわざ開発する必要もないんじゃないですか? だって、威力ならあの光弾で十分でしょう?」
「必要は発明から生まれます。僕も初め、あの光弾があそこまで有用な魔術だとは思いませんでした。この魔砲も、きっと役に立つでしょう」
「……これほどの、力であっても、お前にとっては……、ただの『実験』、だったと、いうことか……?」
熱変性した岩の割れ目から、黒いローブと名状しがたい仮面の魔導士が姿を現した。
「申し訳ありません。完全に忘れていました。このフィールドワークの目的は、あなたの殺害だったということを」
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