災厄の権化(後編)

 普段冷たい叡持が、ハヤテの上で立ち上がり、大きな声を上げる。


「シオリさん! 小型ドローンをすべて煙の中へ突入させてください! すべての戦力でデータ収集をお願いします!」

『あいよ!』


 ヒュウウゥゥゥゥゥッ!


 はるか上空から、大量のドローンが急降下していく。


 降り注ぐドローンの雨は、この空間を機械で埋め尽くす。


 これほどのドローンがいるのか……。


 城の中で何度もドローンを見ているが、この数を実感することはない。実際、任務にあたっているドローンが多いので、全てが集まるタイミングなんてまずない。そもそも、こんな、空間を埋め尽くすほどのドローンなのに、すべての数じゃない。他の任務にあたっている数の方が遥かに多い。ハヤテは改めて、叡持の戦力を思い知った。



 小型ドローンは高高度を飛行する大型ドローンに搭載され、シオリの操作一つで一気に出撃するようにプログラムされていた。


 放たれたドローンは煙の中に吸い込まれ、すぐに見えなくなる。


『叡持、データ収集は順調だ。既に大量のデータが送信されてるぜ。成功だ』

「ありがとうございます。では、こちらも計測に移ります」


 叡持は杖を構え、計測魔術を発動した。


「あ、あの……、水を差すようなのですが……」

「はい? いかがなされましたか?」

「あの怪物、異形化してしまった被検体は、どうするんですか?」

「もちろんデータを集めていますよ。ですが、今回のメインはあちら、あの黒い煙ですからね」


 叡持の発言を聞き、ハヤテは耳を疑った。


「どういうことですか? あの煙は、偶然……」

「ファーストコンタクトは偶然です。しかし、二回目は違います。一回目の状況を徹底的に分析し、今までのデータを参照し、同じ状況の再現に尽力する。その上で二回目の接触をするのです。偶然ではありません。いかにしてあの黒い煙を発生させるか、考えに考えた末に、遂に辿り着きました」

「そうなんですか……」


「でないと、あのような少年にDドライをお渡しません」


「え……?」

「少年は確かに好奇心に溢れていますが、Dドライバへの依存が少なくなりやすい。現実を受け入れられず、力にすがるしかない成人の方が、Dドライバの被検体としては優れています」

「じゃ、じゃあ、なんであんな少年に……」

「あの少年は領主でした。強い力を投与すれば、それだけ多くの人間に影響を与えます。それはつまり、一度に大量の『死』を引き起こすことが出来ます。それによって大量に生命エネルギーが放出されます。そうすれば、あの煙が発生する可能性が高くなります。もちろん僕自ら手を下し、街一つを火の海にしてもよかったのですが、その場合、僕が何者かに目を付けられる可能性がありました。だから、この少年にやってもらったのです。結果は大成功でした」


 な、なんだよ……。


 先ほどから流れる叡持の言葉に、ハヤテは恐怖心を隠さずにはいられなかった。


 自分が乗せている魔法使いは、自身の研究のために、一人の少年を滅茶苦茶にした。それどころか、研究のために、大量の命を奪させた。


 なんて奴だ……。


 だが、怒りは込み上げてこなかった。自分は、この魔法使いに対して怒れるような立場じゃない。なぜなら、この魔法使いには絶対に勝てないからだ。


「さて、もうそろそろこのフィールドワークも終わりですね」


 叡持はそう言うと、ハヤテの背中から飛び降りた。



 タンッ、と着地し、目の前の巨人と対峙する。錆びた鉄骨に、古い鉄くずを無理矢理くっつけたような醜く不気味な怪物。


 えぐれた大地の上で叡持は顔を上げ、明るい声で言葉を贈った。


「ありがとうございました。あなたのおかげで、僕の研究は一歩前進しました」


 叡持が杖を構える。杖の先には火球が形成され、だんだんと大きくなる。


「では、安らかに」


 ゴウンッ、と火球が放たれ、巨人に激突する。


 ドオオオオォォォォォンッ!


 轟音が地面を揺らす。青白色の閃光が辺りを一瞬照らす。


 あれほどまでの巨体が、一瞬で消滅してしまった。たった一撃で、たった一回の爆発で。


 巨人が消滅すると同時に、辺りに充満していた黒い煙も消え去った。


「シオリさん、ハヤテさん。今回のフィールドワーク、お疲れさまでした。無事に被検体を処分しました。シオリさんはドローンの回収及びデータの解析をお願いします。ハヤテさんは僕のところまで来てください。残骸を回収後、城へと帰還します」



 叡持の指令通り、下へと降りていくハヤテ。彼は竜の姿のまま、先ほどまで巨人が立っていた場所を眺めていた。


 俺はずっとこの少年を見ていた。画面の向こうから、この少年のことをずっと見守っていた。

 俺が見てきたのは、どんどん力に侵されていく少年。ついには力に押しつぶされ、異形化してしまった。


 俺は、何をすべきだったのだろうか。


『辛いか?』


 シオリが、通信魔術でハヤテに声をかけた。


「……何というか、もやもやしています」

『お前はずっとあの少年のことを見ていたもんな。だが、あの少年はもういない。彼は既に、叡持の研究データになった。これ以上考えても仕方ない』

「そんなことは分かってます。ただ……」

『お前は叡持の使い魔で、弟を探す兄、そして復讐者だ。別に、あの少年の味方ってわけじゃねえ。そんなに自分の道がぶれてると、後で後悔するぜ』

「……胸に刻みつけます、棟梁」

『だが、自分の直感には素直に従ったほうがいい。自分に嘘をついたら不幸にしかならねえからな。まあ、自分の心の声を聞こえるように頑張ることだな』

「はい……」


 傷ついた大地と、失われた命。跡形もない屍と、そこに生えていたたくさんの草花。それらに思いをはせながら、ハヤテは体の力を抜いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る