災厄の権化(前編)

「これが……、Dドライバの、力」


 屍の海の上を、ハヤテは叡持を乗せて飛んでいた。剣から発せられる衝撃波は周りを破壊し尽くし、見るも無残な風景へと上書きしていく。


「もっと早くこの力に気が付いて頂けると考えていたのですが、そこまで頭が回らなかったようですね。あの少年領主は」


 叡持は淡々と現在の状況を分析し、データの収集を続ける。


「さて、もうすぐ“異形化”が始まります」

「え?」


〇 〇


「はははははは……」


 少年領主はこの風景を満足そうに眺めていた。自分の力はここまで強いのか。これさえあれば、僕は世界を支配できる。誰も、僕より強い者はいない。

 彼は力に酔いしれた。あらゆるものを破壊できるこの……。


「うっ!」


 突然、強烈な吐き気を催した。慌てて口を手で塞ぐ。


「うっ、……ぶはっ」


 吐瀉物が漏れた。そして、少年領主はその見た目に悶絶した。錆びた鉄と、古い油が混ざったような異様な液体。人間の体からは、絶対に出ることのないような液体だった。


「え……? な、何? 何なの? こ、怖い……、うっ!」


 腹の中、体の奥底から何かが沸き上がる感触が少年領主の体を襲った。液体、じゃ、ない。大量の鉄くずが、体の中で量産されているような、そんな感覚。


 どんな人間も、自分が消滅する時の恐怖から逃れることは出来ない。恐らくそれは、味わったことのある人間にし分からない恐怖。そんな恐怖に、少年領主は押しつぶされそうに、いや、破裂しそうになった。


「い、いやだ……。僕は、せっかく、出たのに……。あの部屋から出て、やっと支配者に……。いやだよ。痛いよ怖いよ! 誰か助け——」



 ギルルルルルルルルッ!



 金属片が溢れ出し、少年領主の体を切り裂いた。決壊し、氾濫する金属片は高く積み上がり、次第に人型を形成する。


 その塊は非常に大きかった。錆びた鉄骨と、古びた鉄くずで形づくられた巨人。その怪物の彷徨は屍を吹き飛ばし、腕を振るえば大地がえぐれる。




「なるほど。熟成期間が少なく、急速に異形化した場合はあのような巨体になりやすいということですか。それとも、あのDドライバ特有の……、ん?」


 計測を始めていた叡持は、ふと騎乗竜のハヤテを見た。彼は目を逸らし、気持ち悪そうにうつむいている。


「ハヤテさん、いかがなされましたか?」

「……いや、いかがって、聞かれても……、叡持殿は平気なんですか?」

「いつも通りですが……。なるほど、ハヤテさんは“異形化”を見るのが初めてですものね。失礼しました」


 礼儀正しく頭を下げる叡持。しかしハヤテはそんな叡持のことがまったく頭に入らないくらい、目の前の怪物に気を奪われていた。


「恐ろしいですか?」

「はい。とっても、恐ろしいです」

「これが異形化です。Dドライバの強烈な副作用。強大な力の、重すぎる代償です」


 ハヤテは、かつて自分を殺そうとした男を思い出していた。謎の廃液を排出し続け、黒い煙に脅かされたまま、爆発によって処分された男を。

 もしあの時、彼が爆殺していなければ、あの男もこんな目に……。


 考えにふけるハヤテをよそに、叡持は空間に表示したコンソールを、目を凝らして見ていた。前回の状況を考えれば、このようなものが起こった後、非常に高い確率であの現象が発生する。もちろん、そうなるように計算したのだから、あの現象が発生して当然だ。


 グオオオオオォォォン!


 先ほどまで少年だった鉄くずの塊は、己の力に身を委ね、周りを破壊し尽くしている。多くの命が一秒ごとに吹き飛ぶ。草原はえぐられ、命が滅んだ地獄と言っても差し支えない。


「さて、ここまで大量に『死』があれば……」


 叡持はぽろっと言葉をこぼした。ゴーグルと装甲のせいで表情は見えない。しかし、彼が抱く大きな期待は、彼が纏うオーラとなって現れる。青白色のオーラは深い紺色のオーラとなり、オーラの噴出量が通常よりも増加する。




 ドドドドドドドドド………………。


 えぐられ、掘り返された草原で、何かが蠢き出した。土がボコボコと泡立つように動き出す。その音はまるで、これから恐ろしい現象が始まることを告げるサイレンのようだった。


 土の泡立ちが収まる。一瞬大地は静けさを取り戻した。


 その静かさは逆に不気味だった。多くの命が失われた場所に佇む謎の静寂。自然と恐怖心を煽り、不安な気持ちを増大させる。


 ソソソソソソソソソ………………。


 静寂を保ったまま、大地のいたるところから、黒い煙が湧き上がった。


「来た……、遂に……来た!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る