暴走の少年領主

「お、お許しください!」

「やだ」


 少年領主のあどけない一言と共に、目の前の命が吹き飛んだ。


「じゃあいいね。次は隣の都市を占領しよう」


 領主の発言に、全員静かにうなずいた。少しでも意義を申し立てれば……。



 臣下の表情を見ながら、少年領主はこの上ない愉悦に浸った。


 僕はこれが欲しかった。


 全員が、否応なく自分の言うことを聞く。誰も自分を邪魔しない。全員が自分にひれ伏すこの快感を、一人、味わっていた。



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「うわあ……」


 叡持の部屋には大量のモニターが設置されており、被検体一人一人をリアルタイムでモニタリングすることが出来る。

 ハヤテは少年の姿となり、この部屋で一人、モニターを眺めていた。この時見ていたのは、とある地方の領主。突然大きな地位を与えられ、暴走している一人の少年。


「ここにいらっしゃったのですね」


 普段着の叡持が、静かに部屋に入ってきた。


「……はい。この少年が、どうしても気になって」

「ああ、この少年領主のことですか。何か興味深い点でも?」


 叡持はひょうひょうな笑顔を浮かべている。それが、どこか怖い。恐らく、何かの感情が欠落している影響なのだろう。


「なんか、この子が余りにも可哀そうで……」

「可哀そう?」

「はい。だって、大人の都合で勝手に領主にされて、勝手に閉じ込められて、そして、こんな恐ろしい人間に……」

「普通ですよ」

「……はい?」


 叡持が発した思いがけない発言に、ハヤテは困惑した。


「“普通”って、どういう……」

「正確には、一定の法則に則っている。と言うべきでしょうか」

「“法則”……、ですか」

「もちろん、大量の実例を帰納させて導いたものですが」


 そう言うと、叡持はモニターの一つに大量の人間を表示した。画面を何分割もするので、一人当たりの面積は驚くほど小さい。そして、ここに表示された者は全員、強盗、殺人鬼などの極悪人だった。


「Dドライバの被検体に、このような凶悪犯が多いのはご存じでしょう」

「……はい。さんざん見てます」

「ですが、初めから凶悪犯だった被検体は稀です」

「え?」

「もちろん、あなたの命を狙ったあの冒険者のように、素行の悪い人間は多いです。しかし、凶悪犯、と呼べるまでの人間は非常に少ない」

「じゃ、じゃあ、なんで……」

「僕は疑問に思っていました。被検体として適性が高い人間は、どうして“力”を渇望するのか」


 叡持はやはり目を輝かせていた。だが、ハヤテにとって、それは聞くまでもないこと。力を渇望する理由、そんなもの一つしかない。


「力だけでは何も出来ません。それは、ただ燃料をその場に置いておいても何も機能しないようなものです。力を生かすためには、何か目的が必要になります。それは、部屋を暖めるために燃料を燃やすようなものです。逆に言うと、何か目的がなければ、力を欲することはありません。真夏に、ストーブ用の燃料が不要なのと全く同じです」

「結局何が言いたいんですか?」

「つまり、力を欲する者は大抵何か目的を持っています。そして多くの場合、それは強烈な不満、耐えがたい境遇、理不尽な運命等です。これらの激しい外敵に対し、彼らは暴力を以て目的を果たそうとします」


「暴力を……、以て……。ですか」


 自分は親の仇を討ちたい。それは、暴力を以て解決ということなのか。少し自分が否定されているような気がした。


「暴力というのは、決して効率のいい方法ではありません。しかし、非常に分かりやすく、即効性があります。突然力を手にした場合、暴力に訴えるのは自然と言ってもいいでしょう」


「……叡持殿。あなたが言いたいことは分かります。ですが、それとあの少年領主が可哀そうでないことと、どう関係するんですか?」


 ハヤテは、自分がイラついていることに気が付いた。

 目の前の魔法使いは、圧倒的な力を持っている。そして、その使い魔も、やはり圧倒的な力を持っている。彼らに、弱い者の気持ちは分からない。

 毎朝、今日という日を迎えられるだけでありがたいような、そんないつ消えてもおかしくないほどの弱者の気持ちなんか……。


「あの少年領主は、初めからすべて自分のものだと考えていました。それなのに、自分は何も持っていない。この差異が、彼の不満であり、力を欲する原因です。このように、何かから抑圧されていた人間が、突然力を手に入れれば、その抑圧してきたものを攻撃する。これが、僕が導き出した法則です」


「なんだよそれ……」


 叡持は、やはり目を輝かせている。そんなの当たり前じゃないか。ずっと嫌だったものに、仕返しをする力を持ったら、仕返しするのは当然だろう。


「まあ、ここまでなら普通の“仕返し”の説明です。しかし、面白いのはここからです」


 叡持は更に目の輝きを強めた。同時に、自分が考えた突っ込みを、叡持が予想していたことに、自分の小ささを感じた。


「仮に仕返しを完了させたとして、この暴力の衝動はとどまることを知りません。むしろ増大していきます。そうして、気が付けば無関係な人間、環境に対しても暴力を振るい始めます。それが個人レベルなら凶悪犯、領主クラスになれば暴君と呼ばれるわけです。Dドライバを貸与した場合は、その力を無制限に使い始めます。だから、このような人間は被検体として非常に適しています」


「あ……」


「まあ、結局のところ、スタート地点の違いだけで、あの少年領主も、その臣下も、根は変わらないわけです。そのため、あの少年領主に同情する場所は一切ありません」


「だ、だからって……」


「逆に言えば、このような状況になっても、力を制御しようとする者もいます。例えばハヤテさん、あなたです」


「え……?」


「僕は、あなたのような方には最大限の敬意を払うつもりです。なぜなら、あなたは力の虜にならず、力を制御するだけの強さがあるからです」


 ハヤテは黙った。どう返答すればいいのか、本当に迷った。根拠を聞くべきか、素直に喜ぶべきか……。

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