魔導士の苛立ち、新たな虐殺への期待

「これは……」


 様々な魂が浮かび上がる水晶玉に、珍しい魂が映された。


 少し昔ならたくさんいたが、気が付くとほとんど淘汰されてしまった。


 強い権限を手に入れ、周りの人間を黙らせ、そのまま他の地域まで侵攻しようとする暴君。自身は力に溺れ、暴力の限りを尽くす。そして、多くの悲しみと、憎しみを生み出す。

 だが、このような人間は最後に滅ぼされる。多くの人間から溜め込んだ怨念によって潰されてしまう。

 暴君の魂は剥ぎ取るのが面白い。様々な憎悪と、慢心、不安、様々な感情を溜め込みながら命を落とす。普通の魂とは違う、珍しいご馳走といったところか。


 私はちょうど苛ついている。せっかくの魂を何者かに横取りされたばかりなのだから。これくらいのご馳走が来てくれてもいいだろう。


 しかもフルコースだ。暴君に殺された人間、恨みを持つ人間、利用しようとする人間の魂をまとめて弄ぶ。

 どうやらこの暴君は、近々戦争を起こすらしい。そうすれば更に多くの人間が影響を受ける。


「ははははははは……」


 不気味な笑い声が、暗い洞穴に染み込む。漂う異形の者たちも、その声を聞いてどこかへ隠れる。



 ……


 怪しい光を放つ水晶玉。そこに映るのは、ほとんどが普通の魂。普通な生活をし、普通に一日を終え、そんな毎日を繰り返す。


 一体何が楽しいのか。


 そんなものはまやかしだ。いつ、誰かに奪われてもおかしくない。事実、私はそうやって奪っている。何も知らない、自分の命すらまともに認識できない人間から奪っている。


 人間が持っているものは一つしかない。それは「命」。そんな命を奪うことが至高であることは疑うまでもない。命を奪う力があれば何でも手に入る。自由も、自分自身も……。


 魔導士は考えながら、更に怒りが込み上げてきた。


 今まで、誰にも邪魔されなかった。自分の力を認識することは誰にも出来ないはずだった。それなのに……。


「奪ってやる……」


 仮面の下から漏れる籠った声。その言葉には、溢れる殺意と執念が溶けていた。


  〇     〇

 〇 〇   〇 〇

〇 〇 〇 〇 〇 〇

 〇 〇   〇 〇

  〇     〇


「叡持、呼んだか?」


 画面の光が照らす叡持の部屋を、人間の姿のシオリが尋ねる。

 叡持は一つのモニターにあるスペクトルを表示し、待ってました、と言わんばかりの笑顔でシオリを迎えた。


「お待ちしてました。旧データと、先日の観測データを照合したところ、あの煙に似たものを見つけたのです」

「ほう? それは何だ?」


 シオリが聞き返す。叡持は天真爛漫な笑みを浮かべ、目の前のモニターを差した。


「あの煙のスペクトルは、『生命のエネルギーそのもの』に極めて近いのです」

「『生命のエネルギー』? そんなもの接したことがあったか?」


 首をかしげるシオリ。そんな彼女を見ながら叡持は別のモニターを操作した。


 モニターに表示されているのは、今まで見たことのないようなスペクトル。データを管理し、常に機材のメンテナンスをしている彼女ですら、全く見覚えのないデータだった。


「そんな表情をされるのも無理はありません。これは、今までのデータから抽出したもの。比較、検証を繰り返して見つけたものですから」


「なるほどな。で、これは何なんだ?」


「はい。これは、異形化した被検体を処分した時、処分する前と処分した瞬間のスペクトルを比較し、集積して求めたものです。もちろん、異形化によって変化するものはたくさんあります。様々な可能性から、僕は一つの仮説を立てました。これは、『生命に関係する何か』ではないかと。そこで、このスペクトルを見てください」


 叡持はそう言いながら、また別の画面に別のスペクトルを表示した。


「これは、普通の人間が死ぬ前と死んだ時のデータを比較し、求めたスペクトルです」


 叡持が示すスペクトルをすべて見たシオリは、彼が何を言いたいのか理解した。


「……全部、似たような形をしているな。つまり、これらはすべて、同じものだと言いたいわけだな? そして、これらは『生命に関するもの』、もしくは『生命そのもの』だと言えるわけだな」

「その通りです。では、なぜあの煙から『生命』に関するスペクトルが検出されたのでしょうか?」

「考えられることは……、二つ、といったところか」

「はい。一つは『あの煙そのものが命を持った、未知の生命である』という仮説。もう一つは『生命の部分だけが独立して動いている異形の者』と言う仮説。現段階では結論を出すことは出来ません」

「なるほど。だからすべての観測魔術や機材のバンドを広げようと思ったんだな。今まで観測していなかった領域に、予想だにしない発見があるかもしれない」


 シオリの発言の直後、叡持は飛び上がり、目を輝かせながら彼女に近づいた。


「その通りです! 上手くいけば、僕の研究は一気に進むでしょう。未開の領域の研究を進めれば、それだけ可能性が広がります」


 きらきら光る叡持の目。しかし、シオリはその目を、物悲しそうに見ていた。



 ——今の叡持の目は、どこか薄い。



 今でも好奇心は残っているが、あの時まではこんなものではなかった。もっと、心の底から飛びつく、そんな青年だった。

 今の叡持は、研究意欲がプログラムされた人形のように見える。研究に対する情熱と好奇心を最低限入れてあるが、他のものが欠落している分、とても見ているのが悲しい。


 仕方ない。あんなことがあったのだから。叡持が身を護るためには、これしか出来なかった。


「分かった。叡持の研究のため、私は全力を捧げる」

「ありがとうございます」


 研究が進むなら。


 瞳に強い気持ちを浮かべ、シオリは叡持の部屋を後にした。

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