私は芸術家だ(前編)

「棟梁、何してるんですか?」

「ああ、今までの計測機材、魔術の大幅アップデートだ」

「あっぷでーと?」

「前に、謎の黒い煙を見つけただろ? ああいうものを計測するために、計測魔術のバンドを広げたんだ。だから、この魔術を搭載している全部の装置を更新しないといけねえ」

「あー。つまり、ほぼすべての機械に搭載していたものを新しくしないといけないから、機械全部を作り直しているんですね」

「まあ……、そんな感じだろうな」


 シオリは大量の画面と大きな機械が置かれている部屋で、黙々と作業をしている。人間の姿をし、様々な操作を行っている。少年の姿をしたハヤテは、その画面を見て気持ち悪くなった。


 叡持がいる部屋にも画面は大量にある。だが、主に表示されているのは被検体の映像だ。あとはドローンの計測情報。もちろん頭が痛くなるが、そこまで疲れはしない。


 対して、この部屋の画面には謎の文字列が大量に表示されている。こんなの見てたら頭がおかしくなる。


 目が回るハヤテをよそに、シオリは画面を見ながら様々な機械を素早く操作する。その動きの複雑さ、繊細さは、そう簡単に真似出来るものではない。


「……そういえば、お前に城のいろいろなところを案内したっけか?」


 シオリが腕の動きを止め、振り返ってハヤテを見た。


「いえ、まだ全然」

「そうか……。そういえば、お前を早く戦力にするために、特訓に次ぐ特訓だったものな。休憩も兼ねて、この城を案内してやる」

「は、はい。よろしくお願いします」


〇 〇


「ここがDドライバの製造プラントだ。叡持の研究内容を入力すれば、すぐに目的に合ったDドライバを製造することが出来る。そして、被検体のデータも自動で送られる。常に最新の情報を入れながら、どんどん強化されていく、私の作品の中でも随一のものだ」

「はー」

ハヤテの目の前には、大きな機械の連続体が映った。こんなもので、あそこまで強力なものがつくれるなんて。


「あの……。Dドライバは確かに強力な魔道具ですが、俺が扱っていた魔道具も、十分な力を持っていますよね? わざわざ副作用のあるDドライバなんか使わずに、もっと別の——」

「それはだめだ」

シオリが、やや強めの言葉を放った。


「何としても、Dドライバは完成させないといけない。どんな犠牲を払っても、な」


 ハヤテは突っ込もうと思った。だが、出来なかった。

 この時のシオリは、いつもの棟梁ではなかったからだ。目が潤み、下を向いている。

 こういう時は、下手に刺激してはいけない。それくらい分かる。


「あ……、なら、どうして副作用がない魔道具でも、あそこまでの力を発揮することが出来るのですか? 何か秘密でも……」


「……ああ。ここで作られる魔道具は、恐らく他のどんな魔道具よりも性能がいい。せっかくだから、その秘密を教えよう」


 危なかった。変なところで、大変なものを刺激してしまうところだった。どうにかその場をやり切ったハヤテは、黙ってシオリの後をついていった。




「ここが材料の製造プラントだ。ここの魔道具はすべて、このプラントで製造された材料を使用している」

「おおおお……」


 そこにあったのは、先ほどの巨大な機械なんか比べ物にならないような巨大な機械だった。そして、それらの周りを、謎の物体が浮遊している。


「このプラントはこの城の中で最も大きい製造プラントだからな。低級の精霊なんかを使って運用している。もしかしたら、これが一番、叡持の魔道具が強い理由かもしれないな」

「どういうことですか?」


 ハヤテが質問した時、シオリは腕を組み、誇らしげに語り始めた。


「他の魔法使いや冒険者、傭兵なんかは、みんな天然素材を使用している。竜のようなモンスターを狩り、素材を集めている。当然ながら、そのような素材は高価になりやすい」

「モンスターを……、狩る……」


 ハヤテは思い出した。ずっと追われていた日々を。母を殺された時の憎しみを。弟とはぐれた時の悲しみを。


「だが、叡持は違う。彼は、優れた素材を徹底的に分析し、魔法における高い有用性を示す“理由”を探り、その有用な部分だけを再現する。だからここで製造される材料は、どこかの有名冒険者が必死になって集める高価な素材の何倍もの性能を示す。最近はそこまでやってないが、あの黒い煙を分析する過程で、新素材とつくることになるかもしれないぜ」

「は、はあ……」


 難しくてよく分かんないが、どうやら彼がモンスターを狩らないのはこういう理由らしい。彼は、モンスターからとれる素材より、はるかに優れた素材をつくること出来る。モンスターから素材を狩る暇があれば、この機械を動かしたほうがいい、ということだ。


「あの……。この機械、全部棟梁が造ったんですか?」


 腕を組んでいたシオリは、にやりとしながらハヤテを見た。


「これだけじゃねえ。この城全部、私の作品だ」


 シオリの目は輝いていた。自分のやりがい、魂のすべて、と言いたげなオーラが、ハヤテに届いた。

 なんて幸せそうなんだろう。自分が全力を尽くせる場所がある。自分のすべてを、投入できる何かがある。力、やる気、すべてを。


「一つ質問していいですか?」


「ああ、どんとこい!」


「どうして、叡持殿の使い魔になったんですか?」


 シオリは「よくぞ聞いてくれた!」と言っていそうな顔をハヤテへ近づけ、満面の笑みで口を開いた。


「私が、芸術家だからだ」


「……へ?」

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