傀儡の少年領主
領主とは、その領地と領民をすべて支配する。大量の富と、強大な力を持っている。当然ながら、その地位を狙う人間は多い。
一方で、もちろん領主になるのもリスクがある。領民の不満はすべて領主に向けられるからだ。
そこで、とある人間は考えた。
「適当な人間にその“責任”だけを負わせて、自分は美味しいところだけを頂こう」
その代表的なものが「傀儡政権」であり、領主の責任は、右も左も分からない小さな子どもに負わせ、汚い人間が甘い蜜を吸う。
ここにも、そうやって身代わり人形のように扱われた少年が一人——。
「退屈だなあ……」
部屋の中で一人呟く少年領主。大人は全員会議に出かけており、自分だけ部屋に閉じ込められている。「小さい子は大人しくしていなさい」と突き放され、孤独を味わっている。
おかしい。自分は領主なのに。領地も領民も、すべて自分のもののはずなのに。どうして自分はこんなところに閉じ込められている? なぜ、他の大人たちが大きな顔をしている? どうして、どうして……。
「僕でよろしければ、相談に乗りますよ」
薄暗い部屋の奥から、誰かが歩いてきた。
それは、魔法使いのような人間だった。蒼い装束に、大きなゴーグルをかけ、口元は謎の装甲で覆われている。
青白いオーラを纏いながら、ゆっくりと近づいてきた。
「……あの、あなたは、誰ですか?」
「名乗るような名前は持ち合わせておりません」
魔法使いはさらっと返した。
「そうですか……」
なぜ、こんなところに見慣れない人間がいるのか。どうやって入ってきたのだろうか
……どうでもいいや。みんな、自分には興味なんてないのだから。そんな中、この人は自分に話に来てくれた。それだけでうれしいじゃないか。
「一つ質問があるのですが、なぜ、あなたはこんなところに一人でおられるのですか?」
「……一人でいたいんじゃない。閉じ込められてるんだ」
「なるほど……」
魔法使いは少し沈黙した。
「出たいですか?」
「……え?」
「こんなところから脱出して、自由になりたいですか?」
魔法使いは、冷たく、淡々と言葉を流してくる。
冷たいが、猛烈な魅力があった。自分の欲求を、そのまま掘り返し、表側に持ってくるような感覚。人形へと堕ちていた少年領主を、少しずつ、人間へと戻していく。
「……もしここが心地よくて、ずっとここにいたい、と言うのなら、僕は立ち去ります。それでは——」
「心地いいわけあるかっ!」
静かな少年領主が、腹の底から、魂の叫びを放った。
「僕は領主なんだ! ここの領地も、ここの領民も、全部僕のものなんだ! それだけじゃない、僕を閉じ込めた、あの大人たちも——」
「では、なぜあなたは閉じ込められているのですか?」
「え?」
「すべてあなたのものなのに、なぜあなたは閉じ込められているのですか?」
「そ、それは……」
少年領主は考え込んだ。
「考える必要なんかありません。結論は、既に出ているでしょう?」
「……へ、どういうこと? どうして僕が閉じ込められているのか、あなたは分かるの? あの大人たちが、どうして僕を……」
「領地も、領民も、あなたのものではないからです」
「——!」
どきっとした。何も言えない。これを言われたら。そして浮かび上がるのは、膨大な量の“負”の感情。
「なんだよ、お前に何が——」
「確かに、あなたは領主です」
「へ?」
「あなたは領主の家系に生まれ、その地位を継承しました。あなたは紛れもない領主です」
「じゃっ、じゃあ——」
「ですが、あなたは『支配者』ではありません」
「ど……、どういうことだよ」
「例えば、僕は魔法使いです。なぜなら、僕は魔術を自在に操り、様々なことを成し遂げることが出来ます。このように、『存在』には、それを『担保』するもの、又は『証明』するものが必要です。あなたもまた、地位を『担保』されているから、領主となるわけです」
魔法使いは淡々と話しを進める。一度感情的になってしまったが、この魔法使いの話には全く嘘がない。ただ事実を述べている。感情的になる要素なんて全くない。
「……つまり、僕には……『支配者』となるための『担保』がない。だから、僕は支配者じゃない。……だから、僕は何も持っていない。領地も、領民も、僕のものなんかじゃない。『支配者』となっているのは、僕を閉じ込めた大人たちだと……」
「その通りです」
「じゃあどうすればいい? 僕はどうすれば『支配者』になれる? どうすれば……」
「せっかく、自分は『支配者』ではない、と理解されたのですから、次に考えなければいけないことは一つだけでしょう?」
「……何が『支配者』という存在を『担保』するのか。それを知ること」
「その通りです。では、それは具体的になんだと思われますか?」
「………………多くの人間を従え、屈服させるだけの……、“力”」
この時の少年領主の目は、名前だけの人形ではなかった。貪欲に権力を欲する、血に飢えた“侵略者”の目へと変わっていた。彼は、失うものなんてなかった。すべてを支配しているようで、何も持っていなかった。
こんな人間は、いわば“爆弾”のようなもの。今は何も出来ない。どんなに強い気持ちを持とうと、いきなり何かを変えるような力はない。
なら、もしこんな人間に“力”を与えたら……。
「その通りです。僕は、その“力”を差し上げるために、この度参上いたしました」
魔法使いは、一振りの長剣を取り出した。
「もしあなたに『同意』して頂けるのなら、あなたに担保するための“力”をさしあげましょう」
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