廊下の上の、火炎の剣士

「女のくせに調子乗るなよ」


 男は罵りながら、シーラに向かって突撃していく。

「うわあああああああ!」

 殺気が辺りに充満する。男は目を見開き、力任せに突き進む。


 あまりにも戦い方がなっていない。少しでも訓練をしていれば、こんな素人臭い突撃はしない。

 殺気の管理だってずさんすぎる。普通、殺気はなるべく抑える。殺気は相手への攻撃のサインとなり、少しでも訓練すれば、殺気だけで相手の攻撃を予測することが出来る。

 逆に殺気を出す時は、一気に大量の殺気を出して、相手を威嚇、威圧する。

 短剣の握り方、体勢等にも突っ込みたいとこはあるが、何より素人臭いところは、剣を持った相手に短剣で突撃しているところだ。

 確かに短剣は接近しなければいけない。だが短剣に、突撃して押し勝つような攻撃力はない。


 シーラは体の力を抜いた。剣を軽く握り、神経を集中させる。


 ……


 …………今だ!


 カーン。


 シーラの剣が、男の短剣を弾き飛ばした。


「な、なんだと……」


 丸腰になった男は、シーラの気迫に押されて腰が抜けた。


 気持ちいいくらいのワンサイドゲームだった。

 短剣もろくに扱えない男と、十分な訓練と経験を積んだ剣士。

 どちらが勝つかなんて、火を見るよりも明らかだった。


「さあ、観念なさい」

 大きな瞳で睨みつけられ、男は動けない。


 さて、勝負あった。

 シーラは拘束魔術を使い、この男を捕縛しようとした。


 ——が。その時スパン、という空気を切る音が鳴った。見ると、短剣が遠くから飛んできて、男の手元へ戻ってきた。


 なんだって? この短剣、持ち主に帰属するの?


 勢いが逆転した。武器を取り戻した男は強気になる。


 戦いにおいて勢いは重要だ。特に、ああいう素人であればあるほど、勢いによって力が数倍に膨れ上がる。

 シーラは目に力を入れ、精一杯の殺気を出した。相手を威圧できれば、まだ勢いをそぐことが出来るかもしれない。


「なめてたぜ。最近俺はずっと最強だったからな」


 スウゥゥゥ。


 そう言いうと、男は突然姿を消した。


「どういうこと?」


 思わず声が出た。

 相手はいったい何者なのか。いや、相手の男ではない。あの武器は一体……。


 ——!


 殺気を感じた。シーラはひらりとよけた。すると、近くの壁に短剣で切った痕がついた。


 シーラは理解した。

 相手は、“透明”になれる。恐らく、この能力を使ってあの男は強盗殺人を行っていたのだ。

 だから、あそこまで素人臭い戦い方でも十分犯行を行うことが出来た。そもそも、相手に気が付かれなければ攻撃し放題。経験を積んだ戦士でなければ、透明な相手の攻撃を避けるのは不可能に近い。


 だが、タネが分かってしまえばこちらのものだ。


 シーラは剣を構え、刃に力を込め始めた。


「火竜・楯炎」

小さな声で唱えた。


 ボウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ……。


 刃から紅い炎が溢れ出る。

 飛び出した炎はシーラの周りを周回し、シーラが纏う炎の量が増えていく。

 それは炎で出来た盾にも見えるし、また炎で出来た翼、もしくは炎で出来た竜が、シーラの周囲を飛びながら、護っているようにも見える。


「あちっ!」


 ——! そこだ!


 シーラは男の声が聞こえた場所に炎を集中させる。


「うわああああ!」


 透明化が解除され、男の姿が露わになる。


「今度こそお縄に着きなさい」


 左手に展開した魔法陣が輝く。


 シーラは拘束魔術を発動し、男を完全に捕縛した。


「さて、詳しくは軍の人間にやってもらうわ。もうあなたは逃げられない」

シーラは、今回こそ勝利を確信した。今更透明になったところで、この拘束から逃れることは出来ない。


「……違う」

「ん?」

拘束された男が、何か喋った。

「俺は……、負け犬じゃねえ!」


 パリン。


 拘束魔術が……、砕けた?


「俺は負け犬なんかじゃねえ! 底辺なんかじゃねえ! 俺がこんなのは、お前たちのせいだ! お前たちみたいな、上に立って謳歌してる奴らがいるから、俺達みたいな人間が底辺に追いやられるんだ!」

「はあ? 突然何を……」


 スパンッ!


 強烈な斬撃が繰り出され、シーラを建物の壁もろとも切り裂こうとした。


 ギイイィィィィ……。


 自身の剣で、斬撃を必死に受け止める。


「……っく、たぁぁぁああああ!」


シーラは、半ば気合で斬撃を受け流した。


「はぁ……、はぁ……」



 この一撃、普通じゃない。



 たった一撃に、体力をごっそりと持っていかれた。

 体全体に衝撃を分散したとしても、それでも強いエネルギーが体を痛めつける。

 剣を構えても、手振れが激しい。


 たった一撃で、ここまで消耗するなんて。


 だが、こちらが弱ったことを悟られてはいけない。

 悟られれば、相手は更に勢いを増す。それに、既に戦力は相手の方が高い。


 絶望的な情報の中、力を振り絞って剣を構えた。

 腕は悲鳴を上げている。

 それでも戦う姿勢を崩さない。崩せば、そこで負ける。


 男は勢いに乗り、高らかに叫んだ。


「俺は“神”になったんだ。お前みたいな奴なんかな……、俺の手にかかれば——」


 突然、男が血を吐いた。


 ……いや、違う。これは……、錆びた鉄と古い油が混ざった、どこかの廃液のようなものだった。


 どう考えても、人間から出て来るようなものではない。

 極貧の中、変なものでも食べたのだろうか? 想像を膨らませるが、答えは出ない。


「あ、あああ……。うわああああ!」


 男は狂ったように走り出した。




「先輩! 大丈夫ですかっ?」


 後ろから、声が聞こえた。トーマス一人じゃない、複数人の武装した人間がぞろぞろと走ってきた。

「一体何があったんすか? こんなにボロボロになって、それほどの相手だったんですか?」

トーマスに言われ、シーラは周りを見渡した。壁に大きな一文字の傷が付けられ、その周りがボロッボロになっている。


 トーマスを見たことで、シーラは急に日常モードへと切り替わった。


「……さて、早速だけど、修理業者に問い合わせなきゃね」

「先輩! そんなことはいいから休んでください! 俺がやっときますから!」


 トーマスが、涙を流しながら訴えかける。


「そう……? じゃあ、お願いするわね……」


 バタン。


「せ、先輩! しっかりしてください! 先輩! ファランクス先輩!」

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