透明な強盗犯、最強の事務員(後編)

 どう考えても非効率だ。


 新人は、自分の適性より少し上を受けて、少しずつ成長していくもの。

 その過程で、成長できなかった者はおいていかれる。俺みたいに。


 こんなことは、今に始まったことじゃない。

 先輩は、しょっちゅう新人に似たようなことをしている。


 そして、ほどんどの新人は、除籍処理をされることになる。


 一体先輩は何を考えているのだろう。

 いつもクールな先輩が、これほどまでにやること。

 何か深い理由でもあるのか……。



 ゴーン。


 昼休みの鐘が鳴った。


「おっしゃああああああ! 休みだぜえええええ!」

「静かにしなさい、暑苦しい」


 シーラは一言残して席を立つ。

「あ、先輩! 待ってください! 俺もついていきます!」


 トーマスは金魚の糞のように、シーラにくっついている。

「分かったわ。早く昼食を済ませて、早く戻りましょう」

「はい!」


 二人はそのまま、バックヤードへと歩いていった。


「そ、そうだ先輩! こんな噂知ってますか? 『楽して力が欲しい冒険者の前に、謎の魔法使いが現れる。そして、超強力な魔道具をくれるんです。ですが、その使用者はなぜか行方不明になってしまう』って噂っす!」

「ふーん。面倒な除籍処理を増やす輩がいるのね」

シーラはあまり食いつかない。

「いや、そんなことよりも、『超強力な魔道具』ってところに惹かれません?」

「いいえ」

やはりシーラはクールに返す。


「トーマス。いいこと? 世の中に、無料なものは存在しないのよ? 何かを使えば、必ず対価を払わなくてはいけないの。それに、私たちは無料でもらったものには絶対に価値を見出せない。なぜなら、私たちが大切だと思うものは、全て自分がどれほど情熱を捧げたかによって決まるから」


「……先輩、ほんとクールっすよね」

「そんな噂を仕入れる暇があったら、もっと現実的なニュースを仕入れなさい。『この頃頻発している強盗殺人犯のニュース』とかを」

「はい……」


 トーマスはすこししょんぼりとしながら、シーラの後を歩いていた。



 ロビーは騒がしいが、バックヤードはかなり静かだ。いつもならこのまま休憩室に行って、二人っきりでお昼を食べる。


 もっとも、シーラは暇さえあれば魔導書や学術書を読み漁るので、あまり話しかける機会はない。だから、この廊下を歩いている時間が、一番雑談が出来る時間なのだ。


 トーマスも分かっているから、この時間に出来る限り話しかけようとする。


 だが、この日はそんな雑談を許してはくれなかった。


「……あ、あの……、先輩」

「何? 早く言ってちょうだい」

「あいつ、誰ですか?」


 廊下の分かれ道に、見かけない男が立っていた。汚い身なりで、不審な雰囲気を出しながら、周りときょろきょろと見ている。


 そして、片手には短剣が握られていた。


「トーマス、不審者よ。強盗殺人犯の可能性もある。このまま取り押さえるわ」

「……はい」

シーラは片手に魔法陣を展開した。これは拘束用魔術。こういう不審者を捕まえる時に、特に役立つものだ。


 そして、シーラは満面のビジネススマイルをしながら、おしとやかに、上品に、ゆっくりと近づいていった。

「こんにちは。初めまして、私は——」


 バシュッ!


 男が、狂ったようにナイフを振り回した。

 シーラはひらりとよけ、十分な間合いを取る。

 「先輩!」

 トーマスは加勢しようとした。が——。


「雑魚は引っ込んでなさい!」

「ひいっ!」

シーラの声が、トーマスを硬直させた。


 完璧な事務員とも、ビジネススマイルのお姉さんとも違う。


 鍛え抜かれた戦士のような声が、トーマスにガツンとぶつかった。


「何硬直してるの! 早く増援を呼んできなさい!」

「はっ、はは、はいっ! 先輩、必ず——」

「無駄口を叩かない!」

「はいっ!」


 トーマスは走り去った。


 余計な者がいなくなったことを確認したシーラは、右手に新たな魔法陣を描いた。


 シュン。


 そこから出てきたのは、一振りの長剣だった。

 女性が使うにしては武骨すぎるデザイン。

 まっすぐな鍔に、緋色の柄を備えた、まさに戦うための長剣。


「まさか、こんなところでこれを出すことになるなんてね」

シーラは剣を構え、不審な男を眼力で威嚇する。

「……お前、女のくせにそんな剣を持ちやがって」

男は罵倒する。

「さて、いい加減、お縄についてもらいましょうか」



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 叡持は画面を眺めながら、手元のノートに複雑な文字列を書き溜めている。


 今回は異形化の進行が随分と遅い。何か特徴があるのか。叡持は頭をフル回転させ、様々な可能性を考えていた。


 それにしても厄介なのは、ここのギルドの人間に、Dドライバの存在を知られてしまう可能性があること。

 そうすれば、自分はひっそりと研究することが出来なくなるかもしれない。


 そうやって、お師匠様も……。


 「入りますよ」


 叡持の部屋に、見慣れない少年が入ってきた。


 「あの……、どちら様で……」

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