透明な強盗犯、最強の事務員(前編)

 ははは……。なんて気持ちいいんだ。


 相手に気が付かれないまま、俺は全てを奪える。命を奪える。金だって奪える。


 謎の魔法使いからもらった一本の短剣。これのおかげで俺の人生は変わった。もう、誰の目も気にする必要なんかない。



 俺は、“神”にでもなったんじゃないか?



 考えただけでよだれが出る。俺は、もう誰にも負けない。



 足元には、さっきまで人間だった塊が転がっている。それが身に着けていた金を奪い取り、怪しい高笑いをしながら、男は去っていった。


〇 〇


 街道が整備されれば人、モノ、カネが行き来する。

 そして、モノを集める場所がつくられる。

 モノが集まる場所にはカネが集まり、カネが集まれば人が集まる。


 そして、人が集まる場所には当然、『悩み』も集まる。


 クランド帝国最大の商業都市・ミスギスは街道の分岐点にある。多くの人が行き交う交通の要衝。そこにあるギルドには、帝国中から多くの人間が助けを求めてやって来る。


 今日もまた、溢れる依頼を整理し、様々な案件を斡旋するギルドの事務が、悲鳴を上げていた。

「あああああああ!」

「黙りなさい。勤務中よ」

事務の女性、シーラ・ファランクスが、クールに注意する。

「仕事が終わんないんすよ先輩いいいいいい!」

「それくらいで騒いでどうするの。貸しなさい」

シーラは後輩のトーマス・カーペンターから書類の山を取り上げた。


 シーラは速やかに書類を処理し、見る見るうちに山が消えていく。


「さすがファランクス先輩! ほんと仕事が早いっすよね!」

「あなたもそうなりなさい。仕事は早く終われせた方がいいに決まっているのだから」


 かっこいいな……。


 トーマスは、仕事をしているシーラを羨望の眼差しで眺めた。

 攻撃的な紅い髪を後ろにまとめ、繊細な指先を細かく動かしながら筆を進める。

 せっかく大きな瞳なのに、目つきが若干悪いせいで少し怖い。

 だが、ビジネススマイルは超一流。


 ストイックで、クールで、何でもできる憧れの先輩。


「トーマス、手が止まってるわよ。早く仕事を終わらせなさい」


 シーラの大きな瞳がトーマスを睨んだ。

「はっ、はいっ!」

蛇に睨まれたカエルのように、トーマスは飛び上がった。慌ただしく手を動かし、ひいひい言いながら書類を片付ける。

「それにしても先輩! なんか書類多くないすか?」

「当たり前でしょ。ここのギルドは案件の持ち込みも、斡旋数も帝国随一なんだから」

「別に案件とかの書類ならいいんすよ。面白いし」

「じゃあ何が不満なの」



「なんか、行方不明者、めっちゃ多くないすか?」



「……冒険者はそういう仕事よ。その代わり、あんなに高い報酬を受け取っているの。死ぬ気でやってもらわないと困るわ」

「確かにそうかもしれないですけど、同じ除籍処理にしても、死亡より遥かに行方不明ってめんどくさいじゃないですか! お願いだから死体だけは見つけてもらって欲しいっすよ」

「文句言ってないで仕事しなさい。どんなに死のうが、私たちにとってはただの書類の情報でしかないのだから」


 リーン。


 受付窓口の呼び鈴が鳴る。シーラはその瞬間に満面の笑みを浮かべ、おしとやかに窓口へと直行した。

「こんにちは。窓口担当のファランクスです。よろしくお願いいたします」

さっきまでのクールさを吹き飛ばし、最高のビジネススマイルで、遥かに高い声色で、優しく、丁寧に接する。しかも美人だから、それがとっても似合う。

 ほんと女性は怖い。

「あ、あの……、俺達、次の案件を探しているんですが……」


 窓口にやってきたのは、新人冒険者の一隊だった。

「新人さんですか? お疲れ様です。まだ経験も浅くて不安なことが多いでしょうが、頑張ってください! 応援しています!」

シーラのビジネススマイルは、大抵の冒険者を一撃でおとす。この一隊も、初めからシーラの虜となっていた。


 楽しそうな会話を終え、去っていく冒険者。


 シーラの手元には、案件受領の書類があった。


「ささっと案件斡旋すか。ほんとすご——、え?」


 シーラが持っていた書類に書かれていたのは、高難易度の高価な案件だった。

「えっ、ちょ、まっ、待ってください! 今の人たち、明らかに弱いですよね?」

「確かにそうね」

しれっと返すシーラ。トーマスは慌てながら話を続ける。

「先輩も分かってるんですよね? じゃあ、なんでこんな案件を——」


 「冒険者は死ぬ仕事よ。これくらい生き残れないと、冒険者を続ける資格はないわ」


 「え……、そんなこと——」

「冒険者は人気な職業よ。当然ながら、志の低い、そして下衆な人間もなりたがる。こうやって、たまに試練を受けてもらわないと」

「で、でも……」

「大丈夫。彼らが死んでも新しい人が出て来るし、これを生き残れば、彼らは確実に成長する。心配しないで。除籍処理は私がやっておくから」


 先輩は完璧だ。なんでも出来るし、仕事も早い。だけど、どうしても理解できないところがある。


 ——なぜ、新人に高難易度の案件を斡旋するのか。

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