境目にある魔法使いの城(後編)
テレポート機能は本当に便利だ。これなら広大な城の中を素早く移動できる。実は、このシオリという巨大蜘蛛がいた大きな空洞は、この城の地下の奥深くだそう。そんなところから地上まで瞬時に移動できるのだから。
通されたのは、何やらガラス板のようなものが大量に置かれた部屋。そのガラス板は様々な絵や文字を映し出し、それが刻一刻と変化していく。
情報が氾濫している。このような表現が正しいかもしれない。余りにも情報が多すぎて、少し窮屈さを感じる。
「この部屋は……。一体……」
「ここが、僕の仕事場です」
……ほんとか? にわかには信じがたい。こんな場所で、作業が進むというのか? 竜は思わず口を開いた。
「こんな環境で、ずっと作業を? 正直、そこまでいい環境には——」
「そんなことはないですよ。ほら」
叡持はそう言いながら、一枚のガラス板を差した。
「これは『モニター』『画面』などと言う道具です。これには、僕が集めたデータを瞬時に表示する機能や、被検体の観察を行う機能なんかがあります。この画面の場合は……」
その、画面、という道具に映っていたのは、一人の男だった。手には短剣を持ち、悪意に満ちた表情で町を歩いている。
「これは、あなたを襲おうとした男です。彼は現在、強盗を生業としているようですね。あとは……」
叡持は、モニターに様々な人間を映し出した。どれも、何か特殊な道具を持ち、普通の人間のような雰囲気は持っていない。
「彼らは皆、僕の実験の被検体です。この部屋では、このように様々な情報を集めながら、魔術の研究を行うわけです。ところであなたは、この物質をご存じですか?」
叡持はそう言いながら、ドラゴンにとある物質の塊を投げた。
「おっとっと!」
竜はそれを口で受け止め、自分の近くに置いた。
「これは……?」
「爆薬です」
「——!」
竜はびくっとした。何か強い衝撃を与えてドカン! ってなったらどうする? ガタガタと口を震わせ、びくびくとしながら爆薬を見ている。
ゴーン。
大きな衝撃が走った。
「叡持てめぇ、いい加減おちょくるのはやめろ!」
「……はは。確かに脅かしすぎましたね」
シオリに思いっきり叩かれた頭をさすりながら、叡持は口を開いた。
「爆薬は、この程度では爆発しませんよ」
「……へ?」
「爆薬と言うのは、本当に面白いんです。高いエネルギーを蓄えながら、それでいて安定しています」
「……どういうことだ?」
「つまり、爆薬はそう簡単に爆発しないんです。むしろ、安全と言ってもいいかもしれないです」
「じゃ、じゃあ——」
「ですが、ここまで安定している物質でありながら、ほんの少しの特殊な衝撃、本当に小さな刺激を与えてやることで、蓄えたエネルギーを瞬間的に開放します。その衝撃によって引き起こされる現象を『爆轟』と言います」
法衣を脱いだ魔法使いは、随分と印象が柔らかい気がした。ほわっとしているというか、天真爛漫というか。
「ここで確認しなくてはいけないのですが、全ての物質はエネルギーを蓄えています。例えば、僕の体は燃えます。これは、僕の体が炎を起こし維持するためのエネルギーを蓄えているからです。また、あなたたちドラゴンはよく魔術の素材として利用されます。それは、あなたたちドラゴンの体が魔術を発動するためのエネルギーを蓄えているからです」
「……は、はぁ」
まさか、こんな例えをしてくるとは。随分と物騒な。
「もしそんなエネルギーを、瞬間的に取り出せるとしたら? もし、あらゆる物質で、『爆轟』と呼べる現象を起こすことが可能なら?」
気が付くと、竜は目の前の魔法使い・新川叡持の言葉に引き込まれていた。どんなに印象が柔らかくなろうと、彼の言葉は冷たい。しかし、どこか深さがある。
「——これが、『爆轟術』です。あらゆるエネルギーを活用し、利用する最高の魔術です」
竜は、頭の中に無限の想像が広がった。目の前の、いろいろルールを超越しているような人間に、とんでもない未来を思い浮かべた。今まで全く考えたことのない世界。それに、自分もまた、足を踏み入れようとしている。
「改めて、あなたに僕の使い魔になって頂きたいのです。僕の願い、聞き入れて頂けますか?」
この時の魔法使い・新川叡持の言葉は、甘く抗いがたい魅力のある『悪魔の囁き』のようにも感じた。怖かった。気が付かないうちに、自分はこの魔法使いの心の虜になっている。
「……俺は、人間が嫌いだ」
「はい?」
「人間は、自分の欲のために、殺さなくてもいい奴を殺して、ひっそり暮らしたい奴を無理矢理引っ張り出して、必要以上のものを奪い続ける。俺はそんな奴らが嫌いだ」
「……そうですか」
新川叡持は少し下を向いた。
「俺は、あんたが何でこんなことをしているのかは分かんない。だが、あんたは少なくとも、あんな下劣な奴らとは違うってことは分かる。……俺は、弱い。あんたの期待に応えられるかは分からない。それでも俺に“投資”してくれるんなら、俺は素直にあんたに従おうと思う」
「…………本当ですか?」
「ただ、お願いがある。俺には弟がいるんだ。かなり昔にはぐれてしまって、ずっと探している。俺たちは親を殺され、ずっと逃げて来たんだ。その途中で離れ離れになってしまった」
「つまり、あなたのお願いは二つ。弟を探すこと。そして、仇討ちを成し遂げること」
「ああ。俺は、これをするために今まで生き残ってきた。どうしても、そこは譲れない」
「分かりました。喜んで協力します。……えっと、そういえば、あなたのお名前は一体……」
「そういえばまだ名乗っていなかった。俺は——という名前だ」
「はい?」
「——という名前だ」
「叡持、無駄だ。竜の言葉で名付けられた名前を、人間が聞き取るのは難しい。せっかくだから、ここで新たな名前をプレゼントするのはどうだ?」
「そうですね。では…………」
叡持はしばらく考え込んだ。目を閉じ、黙った。
「まだ吹かぬ風。その存在を示さず、大気の中に力を蓄えた風。その風は、ある瞬間に、予想だにしない強風となって現れると言います。
静かで、弱く、そこに在るのかすら分からない。そんなものでも、いざという時、何か、心の底から響く叫びを聞いたとき、隠した力を遺憾なく発揮する。
あなたに名前を差し上げましょう」
——名前は、『ハヤテ』——。
「ハヤテ……。か」
「よろしくお願いします、ハヤテさん」
「……はい。よろしくお願いします。叡持殿」
その瞬間、竜は後ろから強い衝撃に襲われた。
「そうかそうか! よろしくなハヤテ! 私は嬉しいぜ!」
後ろから、叡持の使い魔、シオリが思いっきり抱き着いてきた。ドラゴンに飛びつく辺り、さすが巨大蜘蛛。
「ではシオリさん。これから彼の教育を頼みました」
「おう! 任せておけ! ハヤテ! お前を最強のドラゴンに育ててやる。さて、明日からが楽しみだな!」
「え……、ええ……」
ハヤテはシオリの気迫に押された。鋭い目つきと、化けても隠し切れないオーラが、ハヤテを軽く拘束した。
これから始まる新たな日常。それに胸を躍らせつつ、自分の願望へと一歩近づいたことを噛みしめていた。
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