爆轟の蒼い魔法使い(後編)
そう言うと魔法使いは、手元に魔法陣を展開した。
そこから、一本の短剣を取り出した。
「……な、なんだよ。ただの、短剣じゃねぇか」
「ですがあなたなら、この短剣の価値が分かるはずですよ」
あの男は震えていた。
目を見開き、口からよだれを垂らしながら、明らかに普通じゃない様子で短剣をずっと見ていた。
「……本当に、こいつを……、くれるのか?」
「はい。あなたに、この魔道具の使用について『同意』して頂けるのなら」
「う、嘘じゃ、ないんだな」
「はい。『同意』さえして頂ければ」
「わ、わかった。『同意』する。同意するから、早くっ! 早く——」
男が同意すると言ったときだった。その短剣が、すっと、あの男のポケットに入り込んだ。
「はい。ありがとうございます。この短剣はあなたのものとなりました」
「はは、ははは……。ははははははははっ!」
男は正気とは思えない笑い声をあげながら、来た道を猛スピードで戻っていった。
……助かった、の……、か? 俺は、あの男たちから、どうにか逃げ切ったのか?
「こういうのを棚から牡丹餅と言うのですよね」
魔法使いはくるっと体を翻し、ゴーグルをこちらに向けた。
ゴーグルには難解な文字のような記号が浮かび、とても、ゴーグルの向こう側を見ることは出来ない。だが、目が合った。それだけは分かる。
弱肉強食の世界において、目が合うということは、これから戦闘が始まるということ。そして、ずっと逃げて来た俺は一瞬で理解した。
こいつには……、絶対に勝てない。
今まで、何回も死にそうになった。
強欲な人間に追われ、大怪我を負い、それでも必死に逃げた。
その中で、強い奴を見抜く目くらいは身に着けた。
その目が、培った勘が、精一杯のエネルギーを使って警鐘を鳴らしている。
こいつには勝てない。今まで、確かに腕のいい冒険者と闘ったことはある。だが、こいつは別格だ。強すぎで、逆に落ち着いている。恐れるものなど何もないかのように。
……ぬるい。ぬるすぎる。
そんな言葉じゃこの魔法使いの強さなんか表せない。
こいつは、俺達のルールを超越している。欲のためにモンスターを追いかけまわす人間と、それから必死に逃げ回る俺達。そんな戦いを、外から一瞬で消滅させてしまいそうな存在。
俺達が生きているこの世界ですら、彼の手のひらの上に築かれた箱庭なのかもしれない。
決して根拠はない。だが、これほどの言葉を使わなければ、使ってもなお表せないような強者がそこにいた。それだけは確かだ。
「……見逃してくれ」
思わず声が出た。しかも人間の言葉が。
「はい?」
「お願いだ。見逃してくれ」
慌てることはなかった。慌てたところで生き残る確率は減るだけだ。
生き残るため、明日の朝陽を浴びるために。
そして、自分が弾き出すことのできる最善の策を、考えるよりも先に実行していた。
「今、あんたが俺を殺して何になる? こんな弱った竜を殺したところで、何も満足できないぜ? あんたみたいな力がある奴だ。俺みたいな低級な獲物を狩って小金を稼ぐような輩じゃないんだろ? 俺を狩ったらあんたのブランドに傷がつくぜ? もっと上を目指せよ。『こんな雑魚、俺の獲物じゃない』とか、大勢の前で言えたらカッコいいぜ?」
「……生憎、名誉には興味がないので」
あっさりと返された。まずい。あいつはこういう手が通じない奴なのか? あそこまで強い奴は、既に名誉なんかもらい尽くしてるってのか?
まずい。失敗した。どうする……。こんな、足に傷を負い、背中は傷だらけ、翼も負傷し、体力も削られている。こんな状況で、どうやってこいつから逃げればいいんだ。
……考えろ。考えないと死ぬ。ここさえしのげば、またチャンスが巡ってくる。だから——
『おい叡持! このドラゴン、めっちゃくちゃ怖がってるだろ!』
——! 突然、この魔法使いから女性の声が聞こえた。とても強そうな、きつそうな印象を受ける女性の声が。
「何を言っているんです? 僕には全く殺意がありません。僕を怖がる理由はないはずですよ?」
ん? 待て。今、奴は“殺意がない”とか言ったか?
『いいか、目の前のドラゴンをよく見てみろ! きっと、あのドラゴンはずっと逃げて来た奴だ。ずっと怖い思いをしてきたんだ、警戒するのは当然だろ?』
「そうですか? 別にそんな——」
『いい加減そこらへんも理解しろ! ついでに、目の前のドラゴン治してやれ! そうすれば信頼を得られる』
「なるほど。それでは——」
そう言うと、魔法使いは右手に持った杖をこちらに向けて来た。
そして、自分の体がぴかっと光った。力が蓄えられていく。体が軽くなっていく。
「……一体、俺に何をした」
「はい。あなたの体を癒し、完全に回復させました。さて、まず初めに、あなたに恐怖心を抱かせてしまったことをお詫び申し上げます」
「は、はあ……」
「早速ですが、本題に入らせて頂きます」
そう言うと魔法使いは姿勢を正し、俺の目を直視した(ゴーグルで見えないが、たぶんそうしている)。
「よろしければ、僕の使い魔になって頂けませんか?」
「……は?」
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