恐怖の黒い魔導士
……なぜ、お前がここにいる。
少女は睨みつけた。
白く柔らかい肌と、黒々とした短い髪を持った女性を。丸く大きな瞳に、精一杯の力を込めて、目の前の女性を睨みつけている。
お前のせいで、私は……。
お前が私を作ったせいで、私はこうなった。
私は別に生まれてきたかったわけじゃない。
お前だって、私を作りたかったわけじゃないだろ?
絶対に忘れない。お前が、自分からちぎれた肉の塊を、どれほど酷く扱ったのか。忘れさせはしない。私の恨みを……。私の……、魂を……。
……私だ。
あの女はもういない。これは、私なんだ。
少女は目の前の鏡にそっと触れ、静かに歯を食いしばった。
所詮、私はあの女からちぎれた肉の塊でしかない。どれほどあがこうと、どれほど抗おうと、私があの女の一部だったことは変わらない。
この肉体の主導権は私にある。それなのに、なぜお前はしゃしゃり出てくる。なぜ、この肉体を、お前に似た形に変えていくんだ。そこまで自分を示したいのか? それとも、私に恨みでもあるというのか? それなら、私の方が遥かに恨んでいる。お前の肉片として存在していることを、一度として恨まなかった日はない。
……何を怖がっている。少女は一度深呼吸をした。私がなぜ、あの女を恐れる必要がある。あの女は弱かった。だから、無抵抗な肉片をいじめていた。
私は勝ち取った。自分の力で、あの女を排除した。その瞬間、私は私になった。今更あの女に怯える必要があろうか。
ぶわっ。
少女は、近くに掛けてあったローブを取った。降り注ぐ光をすべて吸い込み、永久に解放することのなさそうな黒の、重厚なローブに身を包んだ。そして……。
机に置いた仮面を、すっと拾った。名状しがたい、おどろおどろしい仮面。
少女はそのまま、あどけなさが残る顔を、その仮面に押し込んだ。
〇 〇
〇 〇 〇 〇
〇 〇 〇 〇 〇 〇
〇 〇 〇 〇
〇 〇
謎の薬品や、不気味な材料などが瓶に詰められ、所狭しと並べられている。それらのものが、ろうそくの火によってぼんやりと浮かび上がっている。少し視線をずらすと、大量に積み上げられた魔導書が怪しいオーラを滲みだしている。
これらのものの中を、何かがうごめいている。影のようなもの、液体のようなもの、気体のようなもの、火の玉やオーブのようなものが、不気味に動き回っている。
この暗い洞穴を照らすのは、数本のろうそく。異形の者と怪しい道具が蔓延る洞穴に、一人たたずむ影がある。その影は、魔導士の影。
分厚く黒いローブを着込み、名状しがたい仮面を被った魔導士。その魔導士は、じっと目の前の水晶玉を眺めている。
水晶玉には、様々な人間の日常が、魂を通じて浮かび上がる。喜びを感じる人、悲しみを感じる人、怒り、恨みを感じる人。あらゆる人間が、あらゆる人間の魂が、この水晶玉に映し出される。もちろん、既に死んだ人間の魂も……。
さて、次は誰の命を奪おうか。
この感覚は飽きることがない。
魂を操る感覚、命を奪う感覚、どれほど繰り返そうと、ずっと同じ快感を得ることが出来る。そして、言葉にしようのない安心感も、得ることが出来る。
人間は、絶対に『死』から逃れることが出来ない。どんなに栄えていようと、どんなに希望を持っていようと、いつかは死ぬ。だが、それを意識する人間は滅多にいない。全員、明日が来ることを当たり前だと思っている。余程の強者、歴戦の戦士、死線をいくつも潜り抜けて生きた人間くらいでないと、『死』を認識することは出来ない。
そんな人間から、命を奪う。
呪殺してもいい。生きた人間の魂を直接操り、無理矢理肉体から魂を剥ぎ取ってもいい。最近は、亡霊に力を与え、生きた人間の魂を剥ぎ取らせることも出来るようになった。
べりべりと、魂を引きはがす。
絶対に、私の力を認識することは出来ない。誰もが、私が命を奪う時、それを『運命』だと思う。誰から命を奪われたということを知らず、私の手に落ちていく。
誰も、私の存在には気が付かない。誰にも知られず、誰からも干渉されず、私は奪い続ける……。
〇 〇
水晶玉には無数の魂が映し出される。この時は、いつもより興味深い魂を見つけることが出来た。
——メンバーが見つからず、特にどこのチームにも入れなかった冒険者たちとチームを組んだ一人の男。難易度の低い案件ばかりをこなす底辺冒険者。正直、チームのメンバーも好きじゃない。自分だけが強い力を得られたなら、こんな奴らとおさらばして、自分だけトップに昇ってやる、そう考えていた。
そんな時、他のメンバーが爆発事故に巻き込まれ、しかも、自分は強力な魔道具を手にした——。
次は、こいつだ……!
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