爆轟の蒼い魔法使い(前編)
薄暗い部屋。
乱雑に置かれた重そうな本と、いくつもの画面に表示された複雑なスペクトルが空間を埋め尽くし、情報が氾濫した窮屈な部屋。
「ふわぁ~」
もそもそとその中で動く一人の影。
ヨレヨレのTシャツ一枚と、色の薄れたジーンズに身を包み、じっくりと画面を覗き込む影。
パチン!
スイッチを付ける軽い音と共に部屋の電灯が付けられた。
スイッチの横に立つのは、身長が高めの美人。
紫色のつなぎ服を着て、頭に白いバンダナを巻いた、目つきの鋭い、凄腕の職人といった雰囲気の女性。
「ったく、あんたはもっと整頓できないのかねえ。しかもそれを使い魔に——」
「あ、シオリさん。いいところに来てくださいました。ちょっとそこに掛けてあるローブと杖、ついでにアサミィ、取って頂けませんか?」
ぴょこんと頭を上げ、シオリの方向を見る。
整っていない頭、日焼けの全くない白い肌。
引きこもりと言われたら全員が信じてしまいそうな雰囲気。
シオリはその姿に毎回呆れかえりながら、自分の主人、新川叡持へなんとも言えない視線を送るのだった。
「それくらい自分の呪文で取れるでしょうよ」
「だってそこにシオリさんがいるのですから、頼まないほうが不自然でしょう」
何を考えているのか分からない顔を見せられ、女性職人は思わず下を向いた。
「はぁー。この私が、こんな主人に仕えていると思うと、たまに自分が情けなくなるよ。私を使い魔にしたあんときの威厳はどこに行っちまったんだか、魔法使いさんよぉ……」
「いやだなあ~、僕はその時からあまり変わっていませんよ。少し病状が悪化したくらいです。それに、まだお師匠様よりはまともじゃないですかね」
ひょうひょうとした笑顔をシオリへと向け、叡持は指をホームポジションに置き、そのままカタカタとキーボードを打ち始めた。
「……あんたにゃ敵わないよ。叡持。…………おっと、そうだった。法衣のメンテ、終わったぜ」
シオリは鋭い目を優作へと向け、ドヤっ、と思っていそうな口を開いた。
「え、もうそんな時間ですか。早いですね。なら、新しい魔術のテストは帰ってからにします」
叡持はそう言い終わるとコンピュータをスリープモードに切り替えた。
そして、いくつかのフラッシュメモリを持ちながら部屋の出口へと歩き始めた。
「……体は大丈夫なのかい?」
シオリが不安そうな声で叡持に囁きかけた。
「ええ、心配しないでください。これでも最近研究が順調なんです」
叡持はただニコッと笑った。
「では、行ってきます」
一言残した叡持の影は、灯りのついていない廊下の中に溶け込んでいった。
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背中の傷が痛む中、精一杯足を前へと進める。
刺さっている鏃の感覚は既にない。しかし、傷口から血が流れていることは分かる。
流れ出た血は妙に生暖かく、感触が気持ち悪かった。
俺は、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。俺からすべてを奪った人間に復讐するその日まで。弟と再会するその日まで……。
「おい! いたぞ! 手負いだ! 今ならあのドラゴンを仕留められる!」
「へへっ、いいもんだぜ。子どもの竜は弱ぇのに報酬は高くてよぉ」
「それにしても誰だ、半矢にするような腕しか持ってねぇ奴は! しかもあんな簡単なターゲットを! 後でぶちのめしてやる」
……やっぱりまだ追ってきていたのか。しつこい奴らだ。あんなに欲をさらけ出して、俺の命を奪おうとする。
人間は嫌いだ。自分の欲のままに、奥でひっそりと生きている俺達を襲う。
生きるためじゃない。贅沢をするために、奪わなくてもいい命を奪う。そうやって、俺の母さんも殺された。俺の弟とも離れ離れになってしまった。
だから、俺は死ぬわけには——。
ブチュッ。
足元に、鋭く不快な衝撃が走った。
「グオオォォォォオオオオオオ!」
思わず声をあげてしまった。余りにも辛くて。ここで吠えてしまったら、あいつらにもっと追い詰められるのに。
「よし、当たったぜ!」
強欲な男たちの下品な笑い声が聞こえる。これらの欲はこちらに向けられ、猛烈な勢いで自分に近づいてくる。
……何なんだよ。俺。結局、何も出来ねぇのかよ。
もう、悪魔でも何でも来てくれ。魂だって売ってやる。だから、俺にチャンスを、あと少しの……、希望を——。
ドオォォォォォォンッ!
轟音が鳴り響く。青白色の閃光が辺りを一瞬照らす。
「う……、うわ、あ……」
男の、恐怖にまみれた声が聞こえる。先ほどまでの強欲さは完全に吹き飛ばされ、代わりに匹夫が命を惜しんでいるような声をあげている。
「お……、おい。みんな、どこにいちまったんだよ……、みんな、ああ……」
「おめでとうございます。あなたは嫌いだった仲間から解放され、素晴らしい未来を手に入れることが出来ます」
「な……、なんだよ。ど、どうしてそれを……」
「あなたのことは、しっかりと見させて頂いています」
そこに現れたのは、蒼い装束に、大きなゴーグルをかけた魔法使いだった。
青白いオーラを纏い、さっきまで追ってきていた男にゆっくりと近づいていく。
怪しく、冷たく、上品、だが、どこか暖かさもある。だから余計に怖い。
こんな恐怖を味わったのは初めてだ。子どもの竜は体を震わせながら、黙ってその様子を見ていた。
「そんなあなたに、是非とも受け取って頂きたいものがあります」
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