罠、そして邂逅

とある任務を受けたリベラ。それにより、運命の歯車が再び動き出す……



今回の任務内容は、グラスト山脈内の人里近くで見つかったという小屋の調査…しかし調査というのは名目上。

第六騎士団の事前調査により既に魔族が出入りしている事は明白、と記載があるので真の内容は〝魔族の討伐〟だ


記載されていたのは他に、魔族は一体だけだという事。そこで報告を受けた騎士団のお偉いさん方は、ゼロ騎士の誰でもいいから一人、その討伐へ向かうようにと指示を出した


一人での任務でしかも山脈内……そうなると通信用魔法石も不安定で通じ難く、何が起こっても助けが呼べない可能性があった…しかも最近では魔族の動きが活発になってきており、入団式での負傷者も多い為、騎士団は人手不足。そんな中、任務へ志願するものが一人…


「魔族の強さが未知数だが…俺が行こう」


リベラだった。周りは入団式で怪我をしたばかりだしやめた方が、と言って止めようとしたが…他に受ける者もおらず、団はリベラを任命

そうなってしまえば最早上の決定。仕方なく周りも気をつけるように、と注意するに留まった


(魔族…喋れる者なら何か知れるかも…)


自分が魔族に近い存在だと擬態魔族に言われてから色々と調べてはいたが、中々思うような情報は得られていなかった。そこへ魔族の討伐という望みのありそうな任務依頼。受けない理由など何もなかった………



出発前日。寮の自室に『最低三日。遅くとも五日程で戻る』と書いたメモを残しておく

万が一の保険のようなものだ。万が一などあってはならないのだが、念の為……

当日の早朝。陽も昇りきらぬ暁の中、リベラはグラスト山脈へと出発。目的地には半日以上かけて到着した


(ここが例の小屋か…)


以前は農作業や山を登る人々が使っていたというその小屋は、一人で住まうには申し分ないサイズだった

あまり近づき過ぎぬようにして、様子を見る……

暫くして人のような、けれど漂う雰囲気や気配が明らかに人とは違う存在のそれが一体(一人?)現れ、情報通りにその小屋へと入って行った


(やはり魔族…見た目が人のようだから、対話できれば良いのだが…)


小屋へ入った事を確認して、最大限周囲に気を配って慎重に小屋へと近付いた……



******



その頃。第六とゼロ騎士団では騒ぎが起きていた

リベラが引き受けた案件が、魔族によって仕掛けられた罠だった事が判明したのだ

あの入団式の混乱に乗じて紛れ込んだ案件が他にも数件発見されており、今回の案件もその一つだという事だった

しかし、それを伝えようとリベラの部屋へ赴いた使いの者はメモを発見

既に出発してしまった事を報告。すぐさまリベラへ通信を行ったのだが…山脈内では上手く通じず、どうしたものかと対応に追われていた…



******



騒ぎが起きている事など露知らず、リベラは小屋へと近付いていた…その時。

ザザッと通信用魔法石から音がした


《通じたか!?リ……聞こえ…?》


途切れ途切れに聞こえてくる声。どうしたと聞き返すと


《すぐ……からは…て…わ……!》

「ん?悪いが上手く聞き取れない。また後で…っ!?」

《…ベ…!?どう……リベ…!?》


通信に集中してしまったが為に、目の前の気配に気づくのが遅れた…いや、気配を全く感じなかった?


「離、せ…っ!!」

『本当に引っかかってくれる騎士様がいらっしゃるとはねェ…』

《…おいっ!?はや……まず…!》

「ぐっ!?」

『ほらほら暴れないで、大人しくしないとくびり殺しちゃって実験…じゃなかった、情報聞けないですからネ…』


目の前に現れたのは、人間の姿をした魔族だった。リベラの首を両手で絞め、押し倒すと馬乗りになった

その間も途切れ途切れに通信が聞こえてくるが、魔族はそれに気付いていない様子だった


「ん゛…ぁ……」

『折らないように気をつけるのって結構大変なんですヨ?……いつまで意識が持つでしょうねェ??』


首を絞める細い両手を、自身の両手で退けようともがくが、びくともしない

呼吸が苦しく、徐々に意識が遠退く…馬乗りになった者の嗤った顔を最後に見て、リベラは意識を失った


《リベ……!!お……r……!》


通信用魔法石もそれを最後に無音となった



*ーー*ーー*ーー*



「けほっ……」


しばらくして意識を取り戻し、むせ返ると身体が揺れる…そしてジャラジャラという音。両腕は頭上で枷と鎖に繋がれているようで、足はギリギリ地面に着かない程度の高さのようだ。上着は脱がされ、インナー一枚の姿。付けていた口元を覆う布も外されていた…


『おや?起きましたネ?気分はどうですカ…?』

「くっ…!!」


魔族に顎をクイと持ち上げられ、答える代わりに相手を睨んだリベラ

その魔族は長身で痩せている男だった。暗い赤色の髪に嗤う度見える牙と愉しそうな灰色の瞳。どす黒い赤色の尖った爪も見える


『おお…綺麗なお顔が台無しですヨ…ふふふ♡』

「……何が、目的だ?」

『騎士団の情報でス』

「情報、を…?まさか…!」

『そうですネ…そのまさかですヨ…』

「……」


この任務——情報自体が罠だったのか…


『さぁて……どんな事をしたらいてくれますかネ…?』


不気味に嗤う人型魔族は、愉しそうにリベラを見て何かを探し始めた

リベラはその間に辺りの気配を探る…


(……気配は一つ。ここは本当に一人のようだ…)


次いで小屋の様子も観察。入口一つに窓が一か所…


『…ふむ。情報を聞き出すなら、拷問が良いかナ?ではまず…あなたのお名前は?所属はゼロ騎士団と分かってますガ…』

「……」

『そうですか、そうですか…やはり口を割りませんカ…』


言いながら背後へと周る魔族

直後、バチンッ!という音


「っぐ!?」


強烈な痛みが背中を駆け抜け、身体が大きく揺れる。床には少し遅れて、血が滴り落ちた

リベラは痛みを、歯を食い縛って耐える


『おや?そうか…鞭程度では我慢出来ちゃいますカ…私、結構力あるのになァ??』

「……っ」

『じゃあ、この感覚が愉しいのでもう一回だケ♡』


シュッ!と空を切る音の直後


「あぅっ!?」


先程よりも鋭い痛みに思わず声が出る


『良い声じゃないですカ!?……おや?あなたもしかしテ…??』

「っ!……??」


鞭によって更に服が裂け、二箇所から血が滴る…

揺れた身体を強引に掴み止めるようにして、魔族が背中を…首の下辺りをじっと見る気配。直後、突然襟辺りを破った


「っ!?何を…?」

『そうですか、そうでしたか…これが運命というものでしょうカ!?』

「はぁ…??うぅ…触るな…!」


リベラの首の付け根の下辺りには、幼い頃から消えぬ傷があった。本人は何が書かれているかは知らないが…小さく〝f〟と醜く刻まれた傷

魔族はその傷をなぞるようにして愛おしそうに触る…

その感覚が気持ち悪くて、リベラは逃れようと身体を揺らした


『揺らすと傷に障りますヨ?…あぁ…いい!良いですねェ♡……もう情報なんてどうでも良いでス!!実験し放題だって言うからここに来たのに、人間共はおろか魔族一匹いやしなかったんですかラ!!』

「…は??」

『そこへ偽情報に躍らされた騎士が向かってきたというので愉しみに待っていたラ…ふふ♡帰らずにいたおかげで貴女に逢えましタ…』

「何を、言って…!?」

『知らなくて良いのですヨ。貴女は私の名前だけ覚えて下さればそれデ…』

「は?名前…?」

『サクリフィキウム。長いので〝フィキ〟でも〝リフィ〟でもお好きなようニ』


突然キレたように文句を言ったかと思えば、丁寧に名乗る魔族—サクリフィキウム。感情の起伏が激しいうえに、この細身の身体からは想像できない程怪力のようだ…


『ふふふ…いつの日か何の事だか知れると良いですネ…』


勿体ぶったような言い方でとても愉しそうに嗤ったサクリフィキウムは、ゴソゴソと持ち物内を再び漁り、あったあったと大声を上げた


「今度は、何を…?」

『んふ♡これは私の血でス』

「血?」

『私の魔法に必要なのデ…』


ドロっとした赤黒い液体の入った小瓶をチャプチャプと揺らし、蓋を開ける


『本当は飲んで頂きたいのですガ…』


言いながらリベラの口に小瓶を向ける


「んっ!?」


確かに血の、鉄の臭い…口を固く閉ざし、顔を逸らす


『体内に入れる方が効果が長いので、先程の傷口に塗り込みましょウ!!』


ウキウキと残酷な事を言うサクリフィキウムは、リベラの背後へ。だが…


『ん〜…それでは面白くないですねェ…』


開けた蓋を再び閉める音。少し安堵しかけたその時。


『…やはりこちらですネ!?』

「…っ!!!」


背中に衝撃。息が詰まり声が出せない程の。次いで何かが、体内に染み込むように入ってくる感覚…


「…っ!?な、なに、を…?」

『うふフ♡苦しみ踠く姿が楽しみですネ♡私の魔力を注いだんですヨ?』

「ぁっぐ……!!」


身体が熱い。熱に呑み込まれるような感覚…これは魔力が暴走する時の……


「お、前は…あぁ!?……っ何、者な、んだ…!?」

『私はサクリフィキウム。実験がだぁい好きな魔族ですヨ♡ふふ…それ以上は秘密でス♡』


熱い…熱から逃れるように身体を揺らしていると、ニタニタと嗤いながらリベラの拘束を外し、一歩下がってじっとその様子を観察している…

枷を外されたリベラはそのまま床へと落ちた。背中の鈍い痛みと、体内を駆け巡る灼熱に動くことさえできない…


「あぅ……ぐ…っ!」

『背中の傷は血が止まりにくいように細工しましたし、痛みで丸まる事もできずに体内の熱に耐えるのはお辛いでしょウ?ま、それが目的なんですけどネ?』


耳障りな嗤い声に面白そうに歪ませた口…


「はっ…うぅ……」

『ふむふむ…このくらい耐えられるようになってたんですねェ…しかし、魔法はほとんど使ってこなかったようですネ…ほぼ、ですカ……』


残念そうな声。魔法?変化?と疑問が浮かぶが…今は考える余裕がなかった

熱—サクリフィキウムの魔力に呑み込まれそうになるのを、ひたすら耐える

意識が朦朧としてきたが自身の、熱に押し潰されそうになっている魔力をかき集めて、抵抗を試みる


『ほぉ…そんな方法も学びましたカ…成長とはいいものですねェ…』

「っ!?……(とまれ!鎮まれ…!)」


魔力同士がぶつかり合い混ざり合っていくと、次第に灼熱が引いてくる


『見事です!!良いものが見れましたし、私はこれで失礼しますネ♡実験はまだまだやめられませんネ…』

「ま、まて……!!」

『おやぁ?足を掴むとはお行儀が悪イッ!!』

「かはっ……」


去ろうとするサクリフィキウムの足を咄嗟に掴むが、逆に蹴り飛ばされて背中を強打。鞭によって出来た傷から血が飛び散った


『すぐに誰か来ますから、私はもう行きまス!大丈夫!!それまでは死にませんから…まぁ、死んだ方がマシだと思うくらいに苦しみますし、血も止まらないので動かない方が賢明ですヨ?ふふ…それでは、またどこかでお会いしましょウ!!』

「………」


気を失いそうなのをどうにか保ち、ぼんやりとした視界の中、手を伸ばすが……サクリフィキウムが去って行くのをただ見ているしかなかった……


その数分後。大分落ち着いてきた熱を、自身の魔力でコントロールしつつ起き上がる

上着は幸いな事に小屋内に残されており、背中の傷を保護する為に痛みを堪えて羽織る。そのままふらふらと小屋を出た

一歩一歩。ゆっくりと白銀を、進む度に赤く染めて行く…


「はぁ、はぁ…ん゛!?」


時折発作のように襲い来る熱を、一度止まってやり過ごす

早く離れなければ。あの子屋に騎士団の誰かが来るだろう…そうなれば、この魔力の事を知られてしまう。これが収まるまでは、見つかりたくはない……


「もう、少し…っぁ…!!」


木々伝いに足を進めるが、再び襲い来る熱…もつれるようにしてその場に倒れ込んだ


(魔力が…それに、血も…)


リベラの周りにあった雪は、離れるようにじわじわと溶けていく

サクリフィキウムが言っていたように止まる事もなく流れ続ける血…

体内が熱く煮えたぎっているのに、血の気が引いて寒いという相対する感覚に襲われる……


「……!?…、…!」

「……」


そこへ複数の足音。霊司や他の騎士だろう…何か言われたが、聞き取れない

そのまま担ぎ上げられたところで意識を手放した



*ーー*ーー*ーー*



次に目覚めて見たのは、見覚えのある天井

自室ではない…これは教会の施設か?

目醒めたてのぼんやりする意識の中、辺りを目だけで見回して確かめる


「……」


そっと首に触れると包帯。背中の傷は霊司か祭司が治してくれたようで、痛みは引いている


目覚めた事を知って騎士団の人間が聴取に来た

リベラは〝魔族から拷問を受け、毒を飲まされた〟と嘘と本当を交えて仔細を伝える

熱はもう収まっているようだが、明らかに以前よりも色濃く魔族の—サクリフィキウムの魔力が残っている事を実感してしまった……


(暴走の原因はあいつだったのか…でも実験って…何を、いつから…??)


知りたい事は山程あったが、今は療養しろとの指示。自室に戻ってしばらく仕事を休む事になった

包帯を解くと絞めた手の跡は薄らと残っていたが…すぐに消えるだろう、との事だった


背の刻印とも言えるその傷からは、魔族の気配がほんの少しだけ漂っていた……





『ふふふ…次に会う時が愉しみでス……』

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