二十人のバーチャル力士とクソデカどんぶり勘定

田島春

第863京飛んで、1話

まず円があった。

円はディティールを増し、微小な繊維が複雑に絡み合う。

"俵"、古い辞典にはそう記されている。


"俵"は分割され、真円からおよそ円と呼べる多角形へと遷移する。

多角、力士と角の関係を考えればそれが円で無いというのは示唆に富む。

誰が考案したかももはや知る事の叶わぬこの配置は、更に姿を変える。

円の二箇所、そこが外側へと押し出されるように俵がせり出す。

まるで両の横綱を迎え入れるかのように。



まず出来上がった土俵に上がるは、忽然と虚空から現れる"行司"と呼ばれるホログラムアバターだ。

「ADA-C9」と記されたその行司は、審判と進行を司る役割を担い、"取組"の発生に呼応して召喚される。

その内部機構はレガシー、古きに失われた技術の結晶と遺産であり、現在でも解明0.000002%も為されていない。

行司が手に持つ軍配を掲げ、土俵の上に番付が堂々絢爛に表示される。


名だ。

その数は二十。


左右に分けられたその表は、二つのピラミッド状であった。

ピラミッドの両の頂点が輝き、今回の取組内容が決定し、遍く銀河へとその報せが飛ぶ。取組発生から取組内容決定のこの一連の動作は、僅か0.08プランク時間の間に行われている。


取組の発生は銀河の果てまで伝えられる、100光年先まで超量子通信網が情報をミリも逃す事無く受け止められ、土俵の周囲には観客が訪れ始める。

その累計数はおよそ八百万億人、力士の頂点である横綱同士の取組ともなれば当然とも言える数だ。


そして行司は呼ぶ、今日の取組の立役者を。





「x軸 正座標方 神星満偉横綱 "「徒之華」"」





その電子量子光子的掛け声と共に、土俵中心を原点としてx軸の果ての果てに正座標方横綱がその判定を具現させる。

同時、莫大量の認証窓が判定のみの透明な横綱の周囲に発生する。



!!!WARANING!!!WARANING!!!WARANING!!!WARANING!!!


A huge RIKISHI-Body

is your Avator attachement requir!


!!!WARANING!!!WARANING!!!WARANING!!!WARANING!!!



力士ボディを接続するかの確認だ。

人類史上最大級の3Dモデルである力士。そのトップたる横綱のポリゴン数は5000垓飛んで763頂点、現代の技術を持ってしても警告必須の超弩級アバターだ。


そしてその承認を待たずして、行司は次の役者を呼ぶ。





「x軸 負座標方 凄聖巨豪横綱 "「美肉王」"」





"「徒之華」"から見て原点の向こう、x軸の負座標の果ての果てにそれは現れる。

同様に莫大量の認証窓を引っさげて具現する、横綱。

惑星56周分よりなお長い距離に相対しつつも横綱にはそれは些細な距離だ。お互いを認識し、言葉を交わす事の障害には一切ならない。


「初めて見る顔だな、"「美肉王」"」

「ふん、我が名も墜ちたものだな。若輩、"「徒之華」"にも知られぬとは」


取組合意、行司はそう認識した。

力士ボディ、最上級アバター"横綱"の出現が認可され、土俵の脇に出現する。


その出現に合わせ、世界がカクついた。

あまりの重さに量子通信網処理が耐えきれず、通信齟齬であるラグが銀河の端から端まで遍く全てに発生したのだ。


このカクつきこそ相撲用語の一つ、"格付け"の語源であることは古今東西の相撲学者界でも相違が無い。


両者が一歩を踏む毎に、銀河一つ分の質量を持つ処理機械が唸りを上げ、瞬く間に電力が消え去り熱と化していく。

一説に寄ると、横綱同士の取組一回の演算処理で消費される電力は赤色巨星級核融合炉300個分とも言われている。


処理を簡略化するために土俵がそのディティールを失い、テクスチャとなる。

横綱二人が四股を踏み、手を叩く。

その姿を観客がリアルタイムで見る事は叶わない。


二重の意味で、だ。

光が感覚器に入るまでの時間差の問題などという哲学的意味でもだが、純粋に演算処理が追いつかないためだ。

観客が二人の取組を簡易映像として見れるのは38秒時差があり、立体映像として見れるようになるまでにはおよそ半年ほど掛かるのだ。


「はっけよい」


行司が声を上げる。

これは諸説あるが現在では「発狂用意」が訛ったものであるとする説が主流である。

相撲は興行にして神事、そう伝わっている。

ならば狂う程に、狂戦士として相見え命投げ打つほど争う事を要求するのは至極当然というわけだ。



両の横綱の視線が、原点y座標軸上でかち合う。

二人は横に浮く"塩"を手に取る、素微粒子レベルまで再現されたそれは現実の実像へと換算すると一握りで東京ドーム一杯分とされている。


949978046398464‬色に光るウルトラハイパーゲーミングソルトパーティクルが土俵を埋め尽くし、世界を一瞬だけ"止める"。

激重処理を挟む事による、ガベージコレクション誘発によるメモリ確保だ。

膨大なる力士物理演算処理を円滑に行う為の、実用と儀礼を兼ねた質実剛健な行為だ。


二人の力士は立ち上がり、土俵に表示された"一時停止"マークに爪先を合わせる。

この非常にアイコニックな表示が、古代のスポーツの競技場中央に初期から記されている事は人類七万不思議の一つだ。


横綱の視界に映るのは、相手力士と行司、それに表示簡略化された8bit観客だ。

それは四方の壁として土俵を囲う。

土俵そのものと同じく演算処理負荷緩和のため、テクスチャとして貼り付けられたそれが僅かなエフェクトと共に鼓動する。

一時は四面四角では無く八方の表示をされていたが、四方の隅のテクスチャ歪みを臨時の座標計算に用いていた力士から不満の声が上がり、また四方の壁に戻ったという経緯がある。


力士の目に、追加の情報が映る。

対戦相手の名前を中心としてプロフィール情報が超光速スクロールされていく。

相撲スタイル、体重、腕力、戦績、直近の戦績、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、最近読んだニュース、書き込んだブログのコメント、ぴったし5年前に耳にした音楽、背筋力、握力。

全てこの取組に必要とも言える、非常に重要で不可欠な情報群。

それらが統制され、"勝ち筋"候補を表示していく。


"決め手"に至るまでの道筋はおよそ四十八京、力士の頭脳を持ってしても容易に処理しきれる量ではなく、また光速を容易に越える取組中にも参考にする事を考えれば絞り込みこそが核となる。

張り手一つ取ってもその処理は莫大、また相手力士の撹乱工作も挟まる。


"「徒之華」"は表情モーションを緩ませながらも、その奥では警戒を緩めない。

対する"「美肉王」"が撹乱工作に長けているという情報は既に入っている、番付エラーを四股で踏み潰す輩、容易な相手ではない。


一方"「美肉王」"も、肌の光沢表現に混ぜたよる認識経由ウィルスを展開しながら相手を見定める。

絶対の覇者とも言える横綱に、億を超える小細工が蚊ほども痛痒を感じぬ様子に僅かな困惑を得ながらも、堂々たる蹲踞の姿勢を崩さない。



そんな情報戦があるとは露知らず、観客たちは視線の先でようやく映像化処理と通信バッファが終わって土俵に上がっていく横綱たちを見守っている。




そしてこの話はここで終わりだ、横綱達を表現演算筆記タイピング処理をする作者が疲れちゃったから。ここでおしまい。

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二十人のバーチャル力士とクソデカどんぶり勘定 田島春 @TJmhal

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