飛べない翼

絢辻総研

第1話 隣の席の憧れ

 僕らは、どこにも行けないんだ....。


 日常の中にふと感じた窮屈さ。しかし、この感覚から逃げる術を、今の僕は知らない。毎日学校に通い、見飽きた田舎町と変わらない人々を眺めながら僕はいつも退屈していた。

 空を見上げれば、吸い込まれそうな青空にモノクロームの積乱雲が浮かんでいる。6時間目の授業が終わり、僕とユウちゃんは汗まみれになりながら帰り道を歩いていた。


「ナオトってどういう勉強してんの?」


 ユウちゃんが僕に問いかける。ユウちゃんはユウタロウという名前で、小学校からの友人だ。運動はそれなりにできるが勉強は全くダメ。僕らは中学に入ってから二年目の1学期末試験期間に差し掛かっていた。


「ナオト、この間も学年で5番以内の成績だったじゃん。なんかないの?成績取る方法」


「まあ、学校のワークとか宿題とかやってるだけだけどなあ。」


「ナニソレ。俺もそんなことはやってるよ。イヤミか?」


 別にイヤミではない。実際僕は本当にそれくらいのことをやっているだけで、あとは反復回数の問題だろうか。でもユウちゃんは結構勉強をしている方ではあると思う。少なくとも学習時間は相当確保しており、僕もはじめのうちは勉強を教えたりしていた。しかし、ユウちゃんの成績は一向に伸びず、僕はもう処方箋の出しようがないのである。


「てかさナオト、ハゲタカが言ってたけど明日転校生来るらしいじゃん。どんなのが来るんだろうな。」


「あー、この試験準備期間に転校してくるってなんか事情がありそうだけどなあ」


「やっぱヤンキーとかかなあ。前の学校でやらかした奴とか。」


 ハゲタカというのは僕らのクラスの担任教師である。正式な苗字は高橋だが、頭頂部に行くにつれて極端に毛量が減っていく点と、生徒に対する姿勢が厳しい点からそういったあだ名が付けられている。僕はハゲタカに怒られるようなことをする機会はないため、別に苦手意識はないが、他のクラスメイトは嫌っているようである。


 そんなハゲタカから、ホームルームの時間に明日から転校生が来るとの話があった。転校生は学期の初めに来るものだろうし、増して期末試験が迫ったこの時期に来る奴など、どうせろくな人間ではないだろう、そう思った。




 次の日の朝、まだ8時前だというのに猛烈に暑い。僕とユウちゃんはいつもの信号の前で合流し、先生の悪口に興じながら学校に向かっていった。


 ユウちゃんと喋りながら教室に入ってゆき、自分の席の方に視線を移すと、見慣れない光景があった。僕の席は教室の最後部にあるのだが、真横には机が一つ増え、知らない女の子が俯き気味に座っていた。この子が転校生か。見た目はおとなしそうで、影がありつつもきれいでかわいらしい顔立ちをしていた。


 女の子は、僕が席に着くと一瞬こっちを見たように感じたが、特に言葉は発さない。僕も声をかけづらく、黙って試験範囲のワークブックに目を通す。ほかのクラスメイト達もどうやら転校生には声をかけにくい様子で、誰も彼女にコミュニケーションを持ちかけようとしない。


 そのまま朝のホームルームが始まり、ハゲタカから転校生の紹介が入る。カタセさんというらしい。カタセさんは、自分の名前を名乗り、よろしくお願いしますと言っただけで自己紹介を終えてしまった。


 昼休みになると、僕とユウちゃんは廊下に出ていつも通り喋っていた。


「そういえば転校生おとなしそうな人だったね」


「なんか緊張した甲斐がなかったというかさ、まあ俺はヤンキーが入ってこなくてよかったけどな。」


「まあね」


「前の学校で不登校とかだったんかな。そういう雰囲気あったよな。」


 カタセさんに関する会話はその程度で終わってしまった。僕はユウちゃんがカタセさんの容姿についてどう思っているか少し気になったが、恥ずかしくて聞くことができなかった。


 それから二日ほどたっても、カタセさんには友達ができていないようだったし、学校で口を開くことすらなかった。僕は隣の席にいながらも話しかける勇気がなかった。この人も不登校になるのかな。


 各クラスには必ず一人以上の不登校児がいる。


 僕のクラスにも始業式以来一度も見かけていないクラスメイトがいるのだ。そのクラスメイトとは小学生の頃は親友だったが、ある時を境に学校にほとんど来なくなってしまった。不登校になった本当の原因は本人にしかわからないし、僕から干渉することもなかった。旧友が学校に来ることができなくなる過程を見た僕は、カタセさんにも同じ雰囲気を感じたのだ。クラスで孤立していき、学校に来るというルーティーンを次第にこなせなくなってくる、そんな雰囲気だ。


 でも、僕はカタセさんに不思議な魅力を感じていた。

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