第2話 魔法少女の帰宅

「ただいま、お兄さん」

「あら、お帰り美珠みたまちゃん」

 魔法少女たちにも当然普段の生活がある。平日はどうしても寮と学校、そして現場先との往復だが、休日なら年齢別の門限さえ守れば暇な時間に何をしようが彼女たちの自由だ。今帰ってきた美珠ちゃんこと魔法少女フツミタマはさくら荘の中でも最年長で、来年にはスクール内にある教員養成施設(大学卒業認定も貰えるので魔法少女の進学先として人気が高い)への進路が決まっている優秀な子である。

 今日は朝から出かけてくると連絡を受けていたのだが、えらく上機嫌なご帰宅だ。凛々しい表情を少し崩して黒いポニーテールをフリフリ揺らし、露骨に背中に何かを隠している。

 俺はえんどう豆の筋取りをしていた手を止めて、彼女のウキウキをおすそ分けしてもらうことにした。


「今日はどこに行ってたの? 結構早くから出てたみたいだけど」

「ふふふ……うふふふふふ」

 その質問を待ってましたと言わんばかりの表情だが笑いが先行してしまって言葉が出ていない。たまに我慢しようとするのだが、それでも止まらずまた笑い始める。やがて小さく咳払いした美珠ちゃんは、その場でクルリと回ると俺に箱を差し出した。控えめに装飾されたプレゼントの中身は包丁らしく、さらに怪しさが加速する。

「お兄さんうふふ……ふふっ。これでうふふふふふ」

「怖い怖い怖い……あははははは」

 その内俺も面白くなってしまい、彼女の笑いを止めようとしたところでつられて笑ってしまった。今でこそ寮のまとめ役な美珠ちゃんだが、昔はこんな風にいたずらっぽく笑って俺や先輩魔法少女たちの後ろをちょこちょこ付いてきてたっけ。

「ごめんなさい、変なツボに入っちゃって。実は今日馴染みの武器鍛冶屋さんに行ってきたんです」

 魔法少女たちはそれぞれの戦闘スタイルに合わせて武器を扱うこともある。スクール上には様々な要望に応えるため多くの魔法少女向け武器を扱う店が存在しており、魔力で武器を形成するマジカル志向の店もあれば、美珠ちゃんの所のように現物として作る店もあって千差万別だ。魔法少女フツミタマといえば大太刀で怪人をバッタバッタなぎ倒す魔法少女として有名で、そんな彼女が行く鍛冶屋ともなればその腕は間違いない。……が。

「なんで包丁?」

「あら、忘れたの? 『良い包丁が欲しいなあ』って言ったのはお兄さんじゃない」

 言った。確かに言った記憶はある。先週テレビでオーダーメイド包丁の特集をやっていて、その場に美珠ちゃんもいたと思う。寮のご飯は基本的にパートのおば……お姉さんたちにお任せしているのだが、隔週で寮生が調理を担当する日があり、そこで使っている包丁が最近少し切れ味が悪いのだ。独り言のつもりだったのだが、聞かれてしまっていたらしい。

「ありがとう、覚えててくれたんだ。しかしあそこの鍛冶屋さん包丁も扱ってるんだね。てっきり武器専門だと思ってたよ」

「ううん。スクールの武器屋は魔法少女以外のお客さんに商売しちゃいけないから採算の取れない包丁作りはやってないんだって。これはお願いしたら『少し早い卒業祝いで特別に』っておじさんが。八年も同じ所でお世話になってるから、お得意様ってやつかしらね」

 魔法少女はあくまでもだ。WMAの規定で魔法少女は十歳から十八歳までと決められている。これは魔法少女の魔力が十四歳をピークとして山なりに増減するからで、就学の関係で大体の子が十三歳からスクールにやって来る。

 そんな中、名家の出身で十歳からスクール入りした美珠ちゃんは当時明らかに浮いていた。ただでさえ人数の少ない十歳の子らの中でも飛び抜けた才能をを発揮し、十一歳で既に中学生のエースたちに混ざって最前線で刀を握っていた。ちょうどさくら荘に入寮したのもその頃で——

「『私はみなさんとは違うので』」

 俺がポツンと漏らした言葉に、美珠ちゃんは苦笑する。

「我ながら懐かしいわねソレ。十一歳のお子ちゃまが本当何言ってたんだか」

 歓迎パーティでそう啖呵を切った美珠ちゃんは……めちゃくちゃお姉さんたちに可愛がられるようになる。当たり前だ。魔法少女の寮なのだから家族と離れる寂しさも、怪人討伐の不安感も、すべて共感できる子しかいない。それを十一歳の女の子が強がって言うんだから可愛くて可愛くて仕方がなかったらしい。隔週のご飯づくりも、元は美珠ちゃんのために開催したいと先輩魔法少女が俺のところへお願いに来たのがスタートだった。

「そうか、それだけ長く使ってれば包丁も悪くなるよなあ」

「今度のはもっと長持ちするわよ。八年使った私が保証する」

「ははは。まあ怪人より硬い食材なんて無いだろうからね」

 軽口を叩いていると、美珠ちゃんは俺の前に座って真面目な顔をした。

「お兄さん、あと半年お世話になります」

 深々と頭を下げる美珠ちゃん。その姿に彼女の八年間が映っているようで、頼りがいのある世界のヒロインの姿がたまらなく愛おしく見えた。

「ねえ、美珠ちゃん。半年なんて寂しいこと言わないでさ、いつでも帰ってきていいんだよ」

 明日のご飯づくり会にキミの大好きなお姉さんたちが駆けつけてくれるみたいにね……という内緒話は明日サプライズで伝えることにしようか。

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魔法少女寮のお兄さん! 山椒魚 @salamander

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