魔法少女寮のお兄さん!

山椒魚

第1話 魔法少女の土曜日

 魔法少女……それは世界中に現れる怪人たちの被害から人々を守るために結成された国際機関、WMA(World Magical girls Association)こと世界魔法少女協会が認可した異能を持つ少女たちを指す。その歴史は古く、古代文明の壁画には異形の怪物に魔法を放つ小さな姿が描かれている——というのは教科書なんかに書かれている説明。現代の魔法少女はその可憐さや強さからアイドル視され、企業スポンサーまで付いて女の子の憧れる職業ランキングは魔法少女を除外して計上されるほどだ。

 そんな魔法少女たちが日常を過ごすのは世界に二隻存在する超大型戦艦『スクール』。この船は最先端の対怪人研究施設であり、未だ少女である魔法少女たちの教育機関であり発進基地であり、そして俺の職場でもある。正確にはスクール教育機関付属の魔法少女向け寮『さくら荘』、その管理人が俺だ。


 今日は土曜日。朝に干した洗濯物はふわふわに仕上がって良い感じ。やっぱり女の子は衣装持ちが多いらしく、寮生全員分ともなれば洗うのも畳むのも重労働になる。しかし普段から学生生活に加えて怪人討伐までこなしている彼女らの苦労に比べれば、この程度可愛いものだろうか。世界を救うなんて月並みな言葉を実際に行っている彼女ヒロインたちが唯一普通の女の子で居られる場所を作る。それがこの仕事を引き継いでくれた婆ちゃんの言葉で、管理人をやっていくうえでの俺のモットーだ。

 旬の夏野菜を使ったレシピを紹介している夕方の番組をBGMにして黙々と手を動かしていると、二階の居室から誰かが下りてきた。

「おはよ……」

 透けるように綺麗な金髪をボサボサ掻きながら現れたのはゼウス……と呼ばれている魔法少女、雷子らいこちゃんだ。完全な寝巻姿でなんともだらしない。

「もうおはようって時間じゃないよ。むしろそろそろこんにちはも終わってこんばんはだね」

「うー、毎週言ってるじゃん。私金曜の夜は一週間溜めてたアニメと生放送のアーカイブ消化をするので忙しいの! ちゃんと宿題も魔法少女活動もやってるんだからいいっしょー?」

 冷蔵庫からコーラとコップをふたつ持ってきた雷子ちゃんは俺の隣に座ってテレビのチャンネルを変えた。これも彼女の言う通り毎週の光景で、このまま一緒に夕方アニメを見る。少年漫画をアニメ化した作品なのだがこれが意外と面白く、気づけば俺もこの時間が楽しみになっていた。

「うっひょー! やっぱりオープニングの完成度高いなあ。原作もそうだけどアニオリ含めて女の子たちのキャラデザが完璧なんだよねー。特に今週は……」

 目を輝かせながらキャラクターや声優の解説をしてくれる雷子ちゃんの隣で彼女のパンツを畳む。好きこそ物の上手なれとはよく言ったもので、雷子ちゃんのアニメ知識はとても深い。中でも魔法少女を題材にしたアニメが一番好きだそうで、常に魔法少女たちと一緒に居られる今の環境は自分にとって天職だと言っていた。

「しっかしヒロインがコケて主人公にパンツ見せるシーンってさあ、王道だけど実際想像してみるとキッツいよねえ」

 雷子ちゃんは主人公と新ヒロインのお約束ともいえる出会いのシーンを見てケラケラと笑いながらソファにもたれかかる。

「あ、そうだ。パンツといえば雷子ちゃんの洗濯物ここにあるからついでに持っていってね。今日は天気が良かったからふわふわだよ」

「おお! いつもありがとねー。でもパンツで思い出すだなんてお兄さんセクハ……ら?」

 テレビから逸れた視線が洗濯物の山で止まり、続いてゆっくりと俺に向く。

「オ、オニイサンコレハ?」

「え、もしかして他の子の分混ざってた?」

「イエソノ、マチガイナクワタシノナンデスケド……コレ」

 雷子ちゃんが指しているのは彼女の洗濯物——特にその中でも一番上に乗せられている彼女のパンツだ。しかし何かおかしなところがあるだろうか。洗濯の仕方も間違っていないはずだし色移りもしていない。見た目もいたって普通で薄い水色にピンクの水玉模様だ。

「パンツがどうかしたの?」

 俺の口から発せられたパンツという単語がトリガーになったらしく、雷子ちゃんの顔がボン! と赤く染まった。

「ど、どどどうかって! そりゃどうにもこうにもなっちゃってるよ! うら若き女子中学生のパンツになんて扱いを!?」

「何って……洗濯カゴに入ってたから洗ったよ?」

 さくら寮では先代の婆ちゃんの頃から洗濯してほしい衣類があればまとめて脱衣所の洗濯カゴに入れてもらうルールになっている。洗濯機自体は大型のものがあるのだが数が少なく、個人で洗っていては水道代も時間もバカにならないからだ。オシャレが好きな子なんかは自分で洗ったりもしているみたいだが、部活をやっている子や単純に洗濯が面倒という子には気に入ってもらえている。

「ウギャー! そうだよねえ! 私のミスではあるんだけど!」

「? 雷子ちゃん普段からジャージとか洗濯に出してくれてるじゃない。たしかにパンツは珍しいかもだけど」

「『珍しい』じゃなくて意識的に出してなかったの!」

 雷子ちゃんは問題のパンツをポケットにねじ込むと頬を膨らませて見せる。

「ああ、もしかして恥ずかしかった? でもいつも言ってる通り俺のことは親兄弟みたいに思ってくれたらいいからさ」

 これは実際本音だ。スクールの寮の管理人を始めた頃は旧友から色々とよこしまなことを言われたりもしたが、俺にとって魔法少女たちは愛すべき家族に他ならない。

「うう……私もお兄さんのことは大好きなんだけど、これは思春期特有のアレというかソレというか。難しい年頃なのよ……」

 その後ポケットに手を入れたまま複雑な表情をしていた雷子ちゃんだったが、アニメの次回予告までしっかり見終わる頃にはいつもの雷子ちゃんとして居室へ戻っていった。

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