第9話
「どうだった」
「ああ、疲れた」
「どこらへんが」
「客と話すのは楽しかったよ、ただオールはきつい」
丸田は案外だという顔をして煙草の煙を吐いた。
「お前やっぱ変わってるわ」
「まあな」
二人で笑って俺は、吸わなかった煙草に手を伸ばしたが丸田がそれを遠ざける。
「おーい、貸せばって」
俺が手を振り回すと誤って丸田のほうに体が倒れた。自然と何もかもを忘れて、しばらく空を仰いだ。
「俺たち、まだ付き合ってないんだもんな」
「・・・・・・・まぁ、今は気にするな」
うん、とうなずいて深呼吸をして、目を閉じてまどろみの中を浮遊していた。これからどうなっていくんだろうか。安定した呼吸の中で薄い雲のように現実が遠ざかっていく。
目を開けると丸田はすでに起きていて、俺のほうを見守るように見ていた。俺は起き上がって、また煙草を吸う。
「好きってなんだろうな」
「考えるものじゃないだろ」
「じゃぁ、何ってんだ?」
丸田は例の睨むような顔をして、俺を見つめた。
「誰と一緒にいたいか、誰に会いたいか、なんじゃねえの」
俺はその答えをだいじに胸にしまって、家に帰った。
考えてもいなかった。誰と一緒にいたいかなんて。誰に会いたいかなんて。いつのまにか頭の中に丸田しか見えなくなった。俺がふった元恋人は脳裏をよぎるだけで会いたいなんて思わない。ただ得体のしれない孤独が襲ってくるだけだ。クッションに顔をうずめた。
久しぶりに散歩に出かけた。街灯の明かりが俺に沿って影ができる。ゆっくりと歩みを進める。
好きが何かわからなくなっていた。静かなあの男でさえ俺に何かしらの影響をもたらせている。こんなに情けない野郎だとは思わなかった。
公園にはあの日々と変わらない風景。ベンチに座ると、いろいろな顔がページをめくるように脳裏に巡っていく。
小雨が降った。俺は慌てて立ち上がり、家の方角につま先を向けた。そこから雨の勢いに負けて濡れながら道を急ぐ。そのようななか声をかけられた。
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