第12話

 就労移行センターで俺が時折やっているのは、愛しかったあの人にいつか見せるために塗り絵の花をノートに貼ることだった。俺は就労移行センターの事業所でその花を破いた。

紫色のチューリップに赤いバラ。誠実と情熱の自分の固いはずだった意思の証明。ついでに心を綴った詩も破いた。臼井さんと目が合ったが何もないふりをして笑い返した。ゴミ箱に微塵にされた紙を見て悲しい清々しさを感じた。今の彼氏とは縁を切ろう。それ以上のことは考えていない。俺は幻想から目覚めることにした。

 家に帰ってきて、偶然義父の家から帰ってきた母親にスマホを借りて、彼氏の電話番号を打つ。コール音が鳴るたびに胸がきしんだ。出るかはわからない。出られずに終わるかもしれない。だがタイミングよく彼は出た。優しさを感じさせる声がずるいなと思った。

「どうしたの」

「別れよう」

「どうして?」

 彼氏は鋭い声で聞いた。どうしても、じゃ納得するわけがない。

「幻想から目覚めたんだ」

「幻想?」

「貴方は俺のことを愛してはいない」

 そして俺は通話を絶った。着信音は鳴らなかった。全てが終了した。

 その翌月、また丸田と出会った。前のような関係ではなかった。一緒にはじめてのタピオカにむせたり、チーズハッドグを堪能したり。彼は話し方も微妙に変わりを見せていた。

 「次どこ行く、明」

 言葉遣いは変ってはいなくとも、その目は俺を女としてとらえていた。そこに男だとか女だとか、自分の中で迷うことはなかった。丸田は俺が男でも女でもどちらでもよいと言ってくれた。女を求めることもなかったし男を求めることもなかった。

こいつといると気分が浮かれて楽だった。女を意識しなかったし、男であろうともしなかった。俺は俺でいいんだ、そう思えた。俺は言った。

「次は、いつもの公園に行かないかい」

丸田はしばらく空が晴れているのを見て、笑っていいなそれと俺の手をさりげなく握った。切なく心拍数が上がる。

 まだそうそう熱くはない五月、ひやりとした風は二人の胸にここちよかった。

告白までには足を一歩踏み出せなかった。だが丸田が口を動かしたその言葉に、息が詰まった。

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