第10話
「・・・・・・パソコン?」
「いや、スマホなくてどうやって生活するんだよ」
「そりゃそうだけど」
「いやでもいらないや」
断ると丸田はあっそと、また煙草に火をつけ始める。心地よいにおいが鼻をかすめる。
三日月が遠く昇っていた。
「んで、結局じいちゃんばあちゃんとやらに告白したのか」
「したよ」
それで、と丸田が聞いたので私は事の顛末をすべて話した。
翌朝にまた牛丼屋に入り定食をたのんだ。思惑通り、丸田はカウンターの前にたって面倒くさそうに接待をしている。俺の存在を目に移したとき、丸田は何もないように熱いお茶を目の前に置いた。ありがとう、というと仕事ですからと当たり障りなく接してくる。だがやはり、彼は定食のトレイにメモを置いていた。開いてみると、いつもの時間にあそこでと書かれていた。
この日は就労移行センターが休みでスマホを持たない俺はとてつもなく暇で一時間くらい本を読んで居座っていた。俺が水を飲み干すたびにあいつが水を注いでくる。そこに微小な喜びを感じていた。
さすがにそれ以上いてはいけないと、いつもの場所のも近くにある公園に足を運んだ。
公園で小説とはいいものだ。読み疲れたら鳩を眺めて観察してあるいは子供たちのたわむれをほほ笑ましく見ることができた。スマホを持っていないことは不便には不便だが、心が日々潤うのを感じていた。思いもかけない出会いもあったことだし、むしろあの時壊れてよかったのかもしれない。それよりもなぜ、パソコンをくれようとするのか不思議でたまらなかった。出会って二日目の俺にパソコンをくれるなんてそんな人がこの世にいるのだろうかと。
丸田は約束通りやってきた。右手に紙袋をぶら下げている。隣に座り、炭酸のジュースにキャップを開けて飲み下した。俺は言った。
「俺たち会うのが当たり前になったな」
「お前が話しかけてこなかったら、今ここにいないわ」
しばらく沈黙が続いた。そこに気まずさはなく、水の中にいるような心地よさが風と共に頬に残った。
「お前さ、彼氏といかいるの?」
俺はこの質問をなんの疑いもなくうなずいた。丸田はため息をついて、私の手に紙袋を渡して帰っていった。
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