第8話


 空を命いっぱい閉じ込めた鉛色の雲をこじあけるようにして陽光が差し込んでいた。俺は足を重たく引きずりながら、ベンチに座った。じいちゃんばあちゃんはいつも俺から声をかけないと話をしない。周りのじいちゃんばあちゃんたちと楽しそうに話している。なぜそうなのか俺にはわからない。いつものように座ったがいつものように話はしなかった。

俺はのどにつっかえた魚の骨のようなものを、吐き出せずにいた。じいちゃんばあちゃんは今日も声をかけなかった。時折、ニットのじいちゃんが俺に目を配るそぶりをしたがそれっきりだ。

 大切なものを失う気がした。その大切なものが本当はどのようなものか知らないで、守ろうとしていた。足元のたんぽぽが揺れた。黒い猫が低木の陰から覗いていたので脇ポケットにしまい込んだ餌をちらりと見せて、俺は池を囲む石の上に乗せた。

「おい、チビが来たよ」

 あおい野球帽のおじさんが言う。猫はニャーと小さく鳴きながら餌を食べた。金色の目がきらりと光る。俺はこの時初めて、そいつの耳が綺麗にカットされているのに気が付いた。

「サクラ猫なんだね、じいちゃん」

「おや、ほんとだ。去勢してあるのか」

「しんたろうと同じだね、じいちゃん」

 しんたろうは去勢された雄犬だった。しんたろうはジャージ姿のおばあちゃんに、しん、しん、とかわいがられている。

「ははは、そうか。しんたろうと同じかチビ」

 そろそろ話をしようかと心構えをして俺はじいちゃんばあちゃんたちを見た。野球帽のおじさんと目が合ったとき、きっと大丈夫だという気がした。吸った息は冷たくさっぱりしていた。

「じいちゃんたち、聞いてほしいことがあるんだ」

「何だね、改まって」

 じいちゃんばあちゃんは緊張した面持ちになった。

「俺、女じゃないんだ」

 じいちゃんばあちゃんは顔を見合わせた。そして笑いあった。俺もつられて笑った。野球帽のおじさんは言った。

「そんなのいまさら、嬢ちゃんが女の子なんて笑っちゃうよな」

「そうよ、あなた実は女の子が好きなんでしょ」

 そういったのはハッピーのおばちゃんだった。

「いや、そういうことじゃなくて」

「どういうことなのよ」

 今度は真剣になって聞くものだから、俺はエックスジェンダーに関して縷々と述べてこう言った。

「だから、俺は中性なんだ」

 野球帽のおじさんはこういった。

「なんだか難しいな」

「自分でも訳が分からないや」

 ことはこれに一決した。これで丸太の言っていたことも分かった気がした。空はこじ開けた穴から徐々に晴れ間を広げていた。じいちゃんばあちゃんを大事にしていこうと決意した。

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