マッチ売りの少女とドロシィ(2)

「さて、それじゃあ雪も見られたし、そろそろ帰りましょうか、靴さん」


「もうよろしいのですか?」


「ええ。今年もあちこち飛び回ったけれど、一年の終わりはやっぱり自分のお話に帰らないと。それにカカシさんのお家でみんなで年越しする約束だったものね」


「わかりました、ではカカシ殿のところまで――」


「え、あ、あの、ドロ、いえその、貧乏人? アナタもう帰ってしまう、の?」


「うん? そうね、わたしは雪を見に来ただけだもの。雪の町が見られて満足したし、お友達のところに戻らなくっちゃ」


「おとも、だち」


「うん、アンナちゃんも家族やお友達と年を越すでしょう? それならそろそろ帰った方がいいわ」


「…………わ」


「わ?」


「帰ったって、なにもありませんわ」


「え」


「わ、私はアナタのような貧乏人とは違いますの。年の瀬だからって特別なことをする必要なんてありませんわ」


「でも、年越しのご馳走はみんなで食べた方が美味しいし、カウントダウンは毎年のお約束でしょう? 年が明けたらみんなでお祝いするの、そうやって楽しい新年を迎えるって、とっても特別でとっても素敵だと思うわ」


「し、知りません! ご馳走なんていつでも食べられますし、カウントダウンなんてしなくても年の瀬なんて勝手に終わっていくのですわ。特別なんて、何も、特別なことなんてありはしません」


「アンナちゃん?」


「さ、寂しくなんてありませんから! お父様がお忙しいのはいつものことですもの。特別な日なんてそんなの、関係ありません。使用人たちのパーティなんて興味ありませんし、お友達のホームパーティより我が家のお料理の方がずっと美味しいに決まってますわ」


「えと、わたし何も言ってないけれど……」


「ご自分で全て白状してしまわれましたな」


「お父様のマッチを自慢して歩くのだって楽しいですわ。大好きなお父様のお手伝いですもの。お祖母様の代から改良を重ねてきた自慢の品ですから! このマッチが、私とお父様の、絆、なのです、から」


「……ね、アンナちゃん。日が暮れてきたよ」


「嫌です、帰りませんわ。あんな家、帰ったって何もありません。誰もいない部屋で、一人で食べるご馳走なんていりませんわ」


「でも……」


「このマッチを売るまで帰りませんの。そう決めたのですわ。そうすれば帰らなくてもいいのですわ」


「あの高圧的な売り文句は、そもそも売らないためのものでしたか」


「町にいれば、人がたくさんいますわ。お友達でも家族でも使用人でもないけれど、私は一人じゃありません。だから帰りません」


「じゃあ、わたしが確かめてきてあげる!」


「……へ?」


「ちょっと待っててね、靴さん」


「了解しました」


「アナタ、何を――ひゃん! ……き、消えた?」


「ただいま!」


「うひゃう!」


「うふふ、ねぇ、アンナちゃん」


「な、なんですのその笑いは。き、気持ち悪いから近寄らないでくださいまし!」


「わたしね、アンナちゃんはやっぱりお家に帰った方がいいと思う」


「あ、アナタにそんなことを言われる理由がありませんわ!」


「それで、家に帰ってやっぱり一人だったら、一緒にご馳走を食べましょう!」


「……ぇ」


「ええと、東から来た旅人さんに聞いた言葉でね、なんだったかしら……そう! 終わり良ければ全て良し、って言葉があるの! だからアンナちゃんも、一年の最後は楽しまなくっちゃダメなのよ!」


「あ、アナタ……」


「だから、もし帰ってもひとりぼっちだったら、わたしが責任もって良い「終わり」にしてあげる。でも……ふふ、きっとわたしなんていなくても、アンナちゃんの一年は素敵だと思うけれどね」


* * *


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「これって……」


「うん、思ったとおり、パーティの準備がされているわね」


「ご馳走に贈り物に、使用人の皆さんの笑顔。お父上はやはり不在のようですが、実に賑やかですな」


「旦那様も日付が変わる前にはお戻りになられますよ。お嬢様と一緒の年越しをそれは楽しみにしておいででした」


「こ、今年のパーティは私が提案したんですよっ! ほんとは使用人の私達は一緒に食事をしてはいけないんですけど、お嬢様がお一人ではつまらないと思いましてっ!」


「ね、わたしの言ったとおりだったでしょう?」


「……ぐす」


「アンナちゃん、泣いてる?」


「な、泣いてませんわ! これは、その、目にマッチが刺さっただけですわ!」


「大事件だよ!」


「というかアナタ、さっき一瞬いなくなったのはもしかして」


「うん、この様子を確かめてきちゃった」


「〜〜〜〜っ! 知っていたのなら普通に教えてくださればよいではありませんの!」


「だってアンナちゃん、絶対素直に信じてくれないしー」


「それはっ! そう、かもしれません、けど」


「まぁまぁいいじゃない。ほら、楽しいパーティが始まるんだから、いつまでも泣いてちゃもったいないよ」


「で、ですから泣いていませんとさきほどから――」


「いいからいいから」


「ちょ、お、押さないでくださいまし!」


「アンナちゃんは素直じゃないもんね」


「そうですな、少し、いえだいぶ強引なドロシィ様の押しがちょうどよろしいかと」


「ほら、パーティが始まるよ!」


「人の話を聞いてください!」


* * *


 手に入らないものがあると思っていた。


 忙しい家族との時間。どこか距離をおいた使用人たちとの時間。

 それを私は、愛されていないからだと思っていた。


 でも――意地っ張りな私を強引につれて帰った不思議な少女は、そんな私の考えをけろっとした顔で否定した。


「そんなの、アンナちゃんが可愛いから遠慮してたに決まってるじゃない」


 そんな冗談みたいな理由で、と。


 なんだか脱力して、悔しくなって、バカバカしくなって、嬉しくなって、笑ってるのに泣いてしまって。


 使用人たちとたくさんお喋りした。

 料理人が料理の一つ一つを丁寧に紹介してくれた。


 ドロシィの不思議な旅の話を聞いた。

 そして帰ってきたお父様にいっぱい抱きしめてもらった。


 やっぱり私に手に入らないものなんてない。

 私は間違いなくしあわせなんだ。

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