赤ずきんとドロシィ(5)
その後、赤ずきんは気絶したオオカミをふん縛ると、昔おばあちゃんが飼っていた番犬のものだという明らかに人以上の太さの首周りをガッチリ押さえ込めるやたらゴテゴテした鉄製の首輪で外に繋いで転がし、その間にドロシィが獣臭の染み付いたシーツを交換したベッドに愛しのおばあちゃんを寝かせると改めて看病を始めた。
程なくして意識を取り戻したおばあちゃんは、なぜか部屋にいる猟師と初対面のドロシィを見るなり
「とっとと帰んな! 若いのが三人がかりで風邪っぴきのババアの回りを動き回るなんて、老い先短い人間をこれ以上惨めにさせてそんなに楽しいのかい!」
などと痛めた喉を気にもしない様子でしゃがれ声を張り上げて怒鳴り散らしたものの、じゃあ俺はこれで、と見回りに戻ろうとした猟師に
「待ちな、お前さん孫娘を心配してきた青二才を礼もしないで追い出した汚名をあたしに被せる気かい?」
とことさら不機嫌そうにしながら赤ずきんに言いつけて上手いこと猟師と赤ずきんを並んでキッチンに立たせ、一方でドロシィが「あのー、急にお邪魔しちゃってごめんなさい」と言うと
「本当だよ礼儀知らずな娘だね。こんなのを友達に選ぶなんて孫の人を見る目もイカれちまってるよまったく。こんなボロ屋に来てあたしの風邪でも感染った日にゃこっちも迷惑なんだよ。いいから暖炉にあたっときな。鍋のシチューも暖まるからね」
とベッドから起き上がってまでお手製シチューを勧めてきた。
猟師と一緒にキッチンで病人用の食事を用意している赤ずきんは、そんなおばあちゃんの様子をちらちら盗み見ては嬉しそうに笑っていた。
休まないと治るものも治らないから、という赤ずきんのやんわりした注意にも「そこまで老いぼれちゃいないよっ」とツバを飛ばして怒鳴り返し、なんやかんやと深夜まで三人の若者を騒がしく刺々しく、そして温かくもてなしたおばあちゃんは、時計の針が深夜一時をさしたあたりで、限界が来たのかぱったりベッドに倒れて寝息を立て始めた。
「もう、せっかくお見舞いに来たのになんでも自分でやろうとするんだから」
文句を言いながらも嬉しそうに笑っておばあちゃんが額にうっすら浮かべた汗を拭きながら赤ずきんが呟く。
「なんか悪いな、逆に迷惑かけちまったみたいで」
「いいのよ。おばあちゃんやっぱり寂しかったんだと思うの。だから二人がいてくれてあんなに喜んでたんだわ」
「そりゃ、まぁ」
「そうかも」
猟師とドロシィは顔を見合わせて苦笑する。さすがに、あんな熱烈歓迎を受けておいて、喜んでなかった、とは言えない二人だった。
「さてと。だいぶ遅くなっちまったけど、俺はそろそろ帰るわ」
「あら、泊まっていかないの?」
「っ、い、いや猟師仲間にオオカミの件伝えなきゃだし、俺だけ戻らないと心配かけちまうしな」
他意など一切ないであろう赤ずきんの言葉に瞬時に赤面しつつも、猟師はどうにか誘惑を振り切って言う。
「そう……残念ね、おばあちゃん寂しがるわ」
赤ずきんが肩を落とすが、さすがに猟師も仲間に心配をかけっぱなしにするわけにもいかない様子で、名残惜しそうにしながらも下ろしていた猟銃を肩に掛け直し、外に出る用意を始めた。
「ドロシィちゃんは泊まってくわよね?」
「ええと」
ドロシィは少し躊躇うように視線を泳がせたが、さほど間を置かずに「ううん、わたしも帰るわ」と告げた。
「……そう……」
あからさまにガッカリした様子の赤ずきんを見かねたのか、猟師が「泊まっていってやれよ、赤ずきん一人だと明日の看病も大変だろ」と助け舟を出したが、ドロシィは首を横に振った。
「ううん、看病は赤ずきんさん一人で充分。おばあちゃんがわたしたちを歓迎してくれたのもわかってるけど、でもやっぱり、ちゃんと家族二人の時間はあった方がいいと思うから」
ドロシィがそう言うと少し驚いた様子の赤ずきんとは対照的に、猟師は「ま、そうかもな」と肩をすくめると、ドロシィを村まで送ると申し出た。
「大丈夫よ、わたしには魔法の靴があるもの」
「ああそうだったな。ってことはアンタ、このあたりの人間じゃないのか」
猟師のその言葉でハッとしたのか、赤ずきんが慌ててドロシィの手を掴んだ。
「ドロシィちゃん、あの、もしかしてもう会えない、なんてこと」
人食いオオカミを前にしても一切臆することのなかった赤ずきんが、立ち上がったドロシィを不安げに見上げていた。ドロシィは安心させるように赤ずきんの手を自分からも握ると微笑んだ。
「大丈夫よ、わたしには魔法の靴があるもの。どんなに遠くからだって、いつだって会いに来るわ。なんだったら明日にでも、ね?」
だからいまは、安心しておばあちゃんとの時間を過ごして、と言われて、赤ずきんは照れくさそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。
* * *
「猟師さんって、赤ずきんさんのことが好きなんですよね?」
「ぶふッ!」
おばあちゃんの家を出て、村へ向かう道の途中。
なんとなくすぐに踵を鳴らす気にならなかったドロシィは並んで歩く猟師に不意打ちの質問をしていた。
「な、なな、なんのことだよよよ」
「わかりやす過ぎるもの」
そう言ってドロシィがくすくす笑うと、木々に遮られた弱々しい月明かりの中でもはっきり分かるほど真っ赤になった猟師は呻いて視線を逸らした。
「まぁ、脈なしなのはわかってるんだけどな……」
昔からそうだったし、と付け足す。聞けば二人は幼馴染、というか同じ村で育った兄妹のような関係らしい。
ちなみに赤ずきんの怪力は、度を越して過保護な赤ずきんの父親が何事も護身自衛が第一だ、などと言いながら武器を握らせ、それを気に入ってしまった赤ずきんが幼い頃から重い大人用の武器を持って危なっかしく遊び回っていたのが原因だという話も聞けた。本人には、自分の腕っ節に自覚がないらしいことも。
「でも、あいつも婆さんも無事でよかったよ。ほんと、ありがとな」
猟師はそう言ってドロシィに頭を下げる。ドロシィは「気にしなくていいわ」と言いながら猟師の下げた頭に顔を寄せ、耳元で囁く。
「今度は、ちゃんと守ってあげなきゃだめよ?」
「っ、おう、任せろ」
少し意表をつかれた様子ながらも、猟師がハッキリ頷いたのを見て、ドロシィは満足そうに微笑んだ。
「じゃ、またね」
あっさりそう言うと、ドロシィは踵を鳴らした。
カン、カン、カン。
猟師がたった一度瞬きした間に、ドロシィの姿は跡形もなく掻き消えていた。
「……ったく、挨拶くらいさせろっての」
出会ったばかりのくせに妙に馴れ馴れしく親しみやすい、そんな不思議な少女と再会する日を思いながら、猟師は木々の切れ目から月を見上げて口元を緩めた。
まずは、神出鬼没の新しい友人と次に会う日までに、大好きな女の子を守れるようになっておかないとな。
オオカミの巨体を軽々引きずって歩く笑顔の猟師という、それはそれで異様な光景を形作っている自覚がないまま、猟師は上機嫌で帰途に着いた。
* * *
「約束通り会いに来たわ!」
「あらあらドロシィちゃん、寂しかったわ!」
「って早ぇよ! あの意味深な別れはなんだったんだよ!」
「ドロシィ様の求めるまま……とはいえ、私もいささか早すぎると思いますが」
……心地よい余韻を残した夜から二日後には、空気の読めない少女が踵を鳴らして戻ってくるのだが、それはまた別のお話。
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