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 気が付くと私は椅子のようなものに座らされていた。それが走っている車のシートであることを、体に伝わる振動と騒音が告げていた。目隠しされてるのか何も見えないし、両手両足も自由が利かない。口には猿轡さるぐつわがはめられている。


「お目覚めのようですネ」


 私の右隣から声がする。どこかで聞いたような……


「久しぶり。相変わらず綺麗ですネ。エルサさン」


 ……!


 背筋に悪寒が走る。


 思い出した……かつてのストーカー、ニックだ……


「我が国はいわゆる ESPer と呼ばれる人間を探しています。"Jimmy"から本物の ESPer が見つかった、という連絡を受けた時も驚きましたが、それがまさかあなただったとは、ネ……やはりボクたちは運命で結ばれてたンですネ!」


 ダメだ。この話し方……生理的に受け付けない。


 だけど、今の話から得られたことは……


 この「ニック」という男は、どうやら今は母国のスパイかなんからしい。そして「ジミー」という協力者がいるようだ……


 ……ジミー? そうだ……崎田さんの研究室の留学生で、確かそんな名前の人が……


「エルサさン……」


 ニックの声が右の耳元に迫っていた。鳥肌が立つ。


「ずっと、会いたかったですヨ……ふふふ……」


 息遣いが荒くなった彼の手が、私の胸に触れた。


 ……いやぁ! 助けて!……誰か……


 私の脳裏に、なぜか崎田さんの面影が蘇る。


 その時だった。


「(金石さーん!)」


 ……あれ?


 幻聴だろうか。今、崎田さんの声がしたような……


 次の瞬間。


 ドン、という音と共に車体が沈みこむ。派手にガラスが割れる音。


 そして、くぐもった衝撃音。


「ぐはっ!」


 ニックの悲鳴。続いて、私と彼の間に何かがどさっと割り込んだ。


「金石さん! 大丈夫ですか!?」


 私の目隠しが、すっ、とずり下げられる。ニックは気絶していた。真後ろのガラスが粉々に割れている。流れる街燈の光が、その声の主の顔を一瞬照らし出した。


 ……崎田さん!


 彼は私の隣で、猿轡と腕と足の拘束を次々に外していく。


「崎田さん! いったいどうして……」


「駅に着いたら、金石さんが車で連れ去られようとしてるのが見えて、こりゃ一大事だと思って自転車で追っかけてきたんです」


「……!」


 すごい……すごすぎる……


 と、いきなり車が加速した。


「Hey, you guys ...... it's useless to fight(おい、お前ら……抵抗は無駄だぜ)」


 ドライバーがルームミラー越しにこちらを見ながら言う。


「やはりてめえか、ジミー……前から怪しいとは思ってたが……」崎田さんがルームミラーを睨みつける。


「Sakita-san, surely you know what will happen ...... if you injure the driver of the car you're riding in(崎田さん、自分たちが乗ってる車のドライバーに危害を加えたらどうなるか……もちろん分かってるよな)」


 ジミーは笑いながら言っているようだった。


「く……」


 崎田さんが歯を噛みしめる、ギリッ、という音が聞こえたようだった。

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