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 その日も私は自宅で愛用のノートパソコンに向かい、一心不乱にコーディングしていた。CTO特権で、私は基本的に在宅勤務だ。


 それにしても暑い。気が付くと、机の上に置いたグラスの中のアイスコーヒーが、透明と黒の二層の液体に変わり果てていた。


 しまった。すっかりぬるくなっちゃったな。私はグラスをじっと見つめて念を送る。


 ええい、もう一度冷たくなれ!


 ……なあんてね。そんなんで冷たくなったら冷蔵庫は要らないよ。だけどノドも乾いたし、ぬるくても飲んじゃうか。


 グラスを手に取った瞬間、私は思わずそれを落としそうになる。


「!」


 グラスは霜が凍り付くほどに冷えていた。しかも、その中身は完全に凍っていたのだ。


 な……なにこれ……私、超能力に目覚めちゃったの……?


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 その後何度も試したが、やはり念を送るとほぼ確実に水が凍る。色々考えた末、私は母校の理学部物理学科、物性実験研究室で調べてもらうことにした。そこで私を待っていたのは、博士になりたての助手だった。


崎田さきた 晴男はるおです! よろしくお願いします!」


 私より四つ年上のその人の第一印象は、暑苦しい、の一言だった。だけどルックスはそんなに悪くない……と、そんな気持ちは隠して私は淡々と自己紹介する。


「……金石かないわ 絵瑠沙えるさです」


「絵瑠沙さんですか。いい名前ですね。俺の名前もね、ほら、天気の晴れに男と書いて、晴男でしょ? で、晴れは英語でファイン、男はマン……だから、俺はあのリチャード・ファインマンと同じ名前なんですよ!」


 ……ご冗談でしょう?


「だから俺はもう、物理学者になるのが運命、というか……」


「本題に入っていいですか?」私は彼の言葉を遮る。


「……あ、はい」


 心なしか、空気が凍ったような気がした。


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