奇襲
しばらくして、軍勢が城内の東門に到着した。
「開門。」
綱成が言うと、門が開いた。
「敵は既に眠りに着いているはずじゃ。攻め掛かれ。」
北条勢が城門から飛び出した。
だが、対する足利勢にはほとんど動きが無く反撃もまばらであった。
「勝った、勝った。敵を揉み潰せ。」
綱成の叱咤が飛ぶ。
北条勢の突然の奇襲に足利勢は逃げ惑った。
さらに、足利勢は大軍故に一か所の乱れが直ぐに全体に波及した。
混乱した足利勢は無様にも同士討ちを始める始末であった。
「目指すは足利晴氏の首のみじゃ。他の首は打ち捨てよ。」
綱成も自ら槍を振り回し奮闘していた。
北条勢は随所で足利勢を追い回し、討ち取った兵は数知れなかった。
足利勢の多くが潰走する中、その本陣ががら空きとなっていた。
「好機じゃ。敵の大将を討って功名とせよ。」
綱成の声に北条勢は、一丸となって足利勢の本陣へ押し寄せた。
しかし、陣に突入したものの全く人の気配がしなかった。
「何、本陣に足利勢が全く居ないというのか。」
綱成が厳しい声で言った。
すると、綱房が馬首を並べてきた。
「兄上、足利勢が東へ向かっているのを見ました。」
「では敵は、本拠地の古河へ敗走するつもりじゃな。」
「左様でござる。今ならまだ追い付きますが、どうなされますか?」
綱房が聞いた。
「うむ。猛追するのじゃ。だが、我らは少数故にみだりに深追いするでないぞ。」
「かしこまった。」
綱房は走って行った。
「間に合えば良いが。」
綱成は呟いた。
時が経って、綱房が戻ってきた。
既に日は昇り始めていた。
「兄上、残念ながら足利晴氏は取り逃がしました。」
綱房は落胆した様子であった。
「惜しい事をしたな。だが、此度の戦は敵を退ければ勝ちじゃ。」
綱成は辺りを見渡しながら言った。
辺りは足利勢の死骸が無残にも散乱していた。
足利勢は多くの戦死者を出し、名のある将も多数討たれた。
「さて、兄者と合流するといたすか。皆、ついて参れ。」
綱成は軍勢を纏めて進み始めた。
軍勢はしばらくの間ゆっくりと進んだ。
だが少しして、前方から一人の足軽が血相を変えてやって来た。
「殿、敵の一人の武者が暴れ回っております。来て下され。」
さらに足軽に詳しく話を聞くと、その鬼気迫る表情に誰も近づけないという事であった。
「それは困った事だ。」
そう言うと綱成とその手勢は、その乱闘が起きている現場に急行した。
そこには、一人の男が数人の足軽に囲まれており、今にも討ち取られそうであった。
「我らが来るまでも無いようだな。」
綱成が呟いた時であった。
男はすかさず刀を抜いたかと思うと、囲んでいる足軽をなぎ倒した。
男の手さばきは一瞬であった。
「あのような早わざで、何人もなぎ倒すとは。あの男ただものではないな。」
驚いた綱成はその男に制止を求めた。
「そなたの戦いぶり、敵ながら天晴じゃ。名を何と申す。」
綱成は馬上から男に問いかけた。
「山内上杉家臣、上泉伊勢守信綱でござる。」
「信綱よ。最早そなたの主は敗れた。無益な殺生はよさぬか。」
「ふっ、それがしとてこの場から直ぐにでも立ち去りとうござる。だが、貴軍の雑兵どもが邪魔をする故、引くにも引けないのでござる。」
信綱は吐き捨てた。
「分かった。これ以上そなたに手を出さない事を約束しよう。代わりに先の夜戦での山内上杉勢の様子を教えてほしい。」
「約束を違わぬ事をお誓いいただければお話いたす。」
信綱は訝しみながら言った。
「無論の事じゃ。天に誓ってそなたに危害は加えぬ。」
信綱は綱成の言葉に納得したようで、口を開いた。
「あれは子の刻(午後十一時頃)でござった。それがしは憲政様のお側近くに控えておりましたが、突然喚声が聞こえてまいりました。それがしが咄嗟に陣の外に出ると辺りでは北条勢が縦横無尽に駆け回っておりました。」
「恰好はどうであったか?」
「鎧兜は脱ぎ捨てており、頭には白地の鉢巻きをしておりました。」
「そうか。続けよ。」
信綱は話を再開した。
「それがし含め少しの者は至って冷静でござったが、多くの足軽雑兵どもは取り乱し、同士討ちまで始める始末でござった。その間も北条勢の攻勢は止む事は無く、多くの名のある将が討たれましてござる。しばらくして、法螺貝が鳴り北条勢が引いて行きましたが、我が山内上杉勢は多くの雑兵が逃げ散ってまともに戦ができぬ状況でござった。それがしは憲政様にまだ勝機はあると申しましたが、進言は聞き入れられる事無く、我らの軍勢は撤退を始めました。」
「という事はそなたの進言が受け入れられておれば我が北条勢は敗れておったかも知れぬのじゃな。」
「如何にも。我らは大軍故、態勢を立て直しさえすれば勝利は必ず我らのものと思っておりました。」
「ふむ、それは残念な事じゃな。」
綱成は慰めの言葉を掛けた。
「勝負は時の運。気遣いは無用でござる。」
信綱は素気無く言った。
「それで、扇谷上杉勢の様子は聞いておらぬか。」
綱成が聞いた。
「先程、逃げていた扇谷上杉配下の足軽をつかまえて話を聞きましてござる。それによると大将の上杉朝定は討ち死に、その他高名な将も幾人か討ち取られたそうでござる。」
「そうか。戦の状況は良く分かった。」
「では、それがしはこの辺りで失礼させていただきます。また会うおりもございましょう。」
そう言い残すと信綱は去っていった。
「あの様な武人を召し抱えてみたいものじゃ。」
綱成は呟いた。
「皆の者、進むぞ。」
軍勢は再び進み始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます