地黄八幡

 さて、翌日である。

 綱成は城内の主だった武将を広間に集めた。

 「皆の者。今宵、小田原のお館様が援軍を引き連れて来る。」

 綱成はゆっくりと語った。

 「とうとう上杉との決戦でござるな。」

 「我らの武勇、敵に見せつけてやりましょうぞ。」

 武将たちは口々に言った。

 「心強い事だ。さて、お館様は奇襲で上杉を叩くそうだ。」

 「我らは何をすれば良いのですか?」

 一人の武将が言った。

 「我らは、東の足利晴氏を討つ。」

 綱成は明快に言った。

 「皆の者、わしに命を預けてくれ。この戦、必ず勝って見せる。」

 綱成の言葉に武将たちは目に涙を浮かべた。

 「足利晴氏の首、挙げてみせまする。」

 「殿の御為なら命を捨てる覚悟でございます。」

 「うむ、お主らの言葉は忘れぬ。」

 そう言うと綱成は立った。

 「沙汰があるまで休め。」

 

 夜である。

 月が昇り始めていた。

いつものように綱成は富士見櫓にいる。

「援軍はいつ頃到着するのだ。」

綱成は落ち着きの無い様子で言った。

「そろそろ来てもおかしくありませぬ。」

康俊が言った。

「兄上、お味方の旗印が見えまする。」

綱房が口を挟んだ。

「何だと。それはまことか。」

綱成は即座に反応した。

「確かにその様ですな。あれはお味方の北条鱗の旗でござる。」

康俊が冷静に言った。

北条鱗は北条家の家紋であり、旗印にも使われていた。

「よし、これで勝てる。半年待った甲斐がある。」

自身の目で旗印を確かめると、綱成は飛び上がらんばかりに喜んだ。

「今が好機でござる。御出陣を。」

康俊が言った。

「いや待て。敵陣が乱れるまでは動くな。」

綱成は制止した。

「かしこまりました。しばらく様子を見守りましょう。」

少し時が経つと、北条方の旗印が活発に動き出したのが見えた。

「戦闘が始まったようだな。」

綱成が腕組みをしながら言った。

「兄上、お味方に対して敵勢にほとんど動きが見られませぬ。」

「上杉は完全に不意を襲われたという事だな。兄者の作戦勝ちじゃ。」

「お館様は、上杉勢が寝付く頃合いを見計らって、夜襲を仕掛けられたのでござろう。」

康俊が分析した。

「では、我らも出陣するといたすか。康俊、綱房、参れ。」

「はっ。」

三人は櫓を降りた。

下に着くと既に、兵達が集まり始めていた。

「康俊、お主はこの城を守れ。」

綱成は言った。

「何と。私は戦に参加できないのでござるか。」

「そうではない。」

「如何なる訳でござるか。」

康俊が訊ねた。

「この戦、相手が大軍故に万が一の事もありうる。その時、お主は再び籠城し出来る限り敵を食い止めよ。わしの代わりとなって北条家に最後まで尽くしてほしい。」

綱成は力強く訴えた。

「承知いたしました。我が身に換えても城をお守りいたす。」

「お主のお蔭で儂は心置きなく戦える。礼を申すぞ、康俊。」

綱成は康俊の手を握って言った。

「皆の者、聞いたか。兄者の腹心の康俊殿が城の守りを買って出て下された。これで安心して戦えるぞ。」

綱房が機転を利かせて言った。

「さすがは康俊様。我らも頑張らねば。」

兵達からは感嘆の声が上がった。

「うむ、皆の士気も旺盛だな。旗を掲げよ。」

綱成が言うと黄色地の旗が掲げられた。

「"地黄八幡"とはどの様な意味でござるか?」

綱房が旗に書かれた文字を見て言った。

「"地黄八幡"は直八幡(じきはちまん)とも読める。儂が八幡の直流であるとの意味じゃ。」

八幡とは、武神とされる八幡神の事である。

当時は多くの武人から、信仰の対象とされていた。

「では、我らに八幡が味方しているという事でござるな。必ずやご加護がありましょう。」

「そうあってほしいものだな。では、出陣じゃ。」

綱成が号令をかけると、軍勢が動き始めた。

「殿、ご武運を。」

後ろで康俊が言った。

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