第5話

 町全体が揺れる。


 中年女の出ていけの言葉に町中が喝采を送っているのだ。


 圧倒的だった。多勢に無勢を絵に描いた状況だ。しかし、柿沼は足を一歩踏み出して訴えた。


「罪のない人々を拉致して住居に連れ込んだ犯人を確認しています。なにがなんでも捜査には協力していただきます!」


「聞き分けないね! 帰れって言ってんだよ!」


「これは遊びではありません。人命のかかった事件なんです!」


 怒号が絨毯爆撃じゅうたんばくげきの如く柿沼を襲った。


「柿沼さん!」


 言葉の衝撃に揺らぐ柿沼の体を、慌てて栗山が支えた。


「大丈夫ですか?」


「すまん」


「どうします。一旦引きあげますか?」


「いや、被害者を見捨てられない。強行突破するぞ!」


「え、まさか銃を抜くとか?」


「あのな、俺はそこまでアホじゃない!」


 体勢を立て直した柿沼は、腰に装備した手錠をとって走り出す。


「あなたを逮捕する!」


「なにすんだよ!」


 抗う中年女の腕をとって後ろ手にすると、柿沼は手錠をかけた。さらに女を羽交い締めにする。


「悪いが、あなたは人質だ」


「ちっ。本物はタチが悪いね」


「……認めましたね。嘘で固めたこの世界を。一体あなたたちは何者なんです?」


「答える義理がないよ」


「そうですか。でも引きませんよ。この世界に合わせて、私たちも超法規的措置で対処しますから」


「なんだい、そのちょうほうきなんちゃらってのは?」


「どんな手を使っても犯人を捕まえるってことです」


 断固とした柿沼に、中年女がため息を吐いた。


 観念したように肩の力を抜き、女は左手をあげる。それを合図に町から殺気が消えた。


「みっともないから手錠は外しておくれ。一切抵抗はしないからさ」


 疑いの目を向ける柿沼に、中年女は満面の笑顔を見せた。


「約束は絶対に守る。それが、エジュラの民だからね」


「……エジュラ?」


「さっさと外しな。町へ入るよ」


 柿沼は手錠を外した。


 両肩をグリグリ回しながら歩き出す中年女の背を追って、柿沼と栗山が続く。


「あたしはこの町で大家おおいえと呼ばれている」


 聞きもしないのに中年女が言う。


「自由行動は認めない。あたしが案内する場所以外、立ち入り禁止だよ。分かったね」


 雑居住宅へ踏み入れると、想像以上の混沌が目の前に広がっていた。迷路のように入り組んだ通路。頭上に張り巡らされた物干し紐に、無数の洗濯物が風に揺れる。


 夏の陽射しに蝉の声。虫取り網を持って子供たちが走り抜ける軒先で、風鈴の涼やかな音が響いていた。


 至るところから射るような視線を感じた。


 しかし、約束通り大家は余所者である刑事に対する住人の攻撃的態度を抑えこみながら、何段あるかしれない木造の階段を登っていく。


 階層の中腹辺り。他の住居とは一線を画す場所が現れた。


「ここが、研究棟だ」


「犯人と被害者がここに?」


 柿沼の質問に大家は頷いた。


「あたしは最初っから反対だったんだ。何度も止めたけど、言うことを聞きゃしない」


「やっぱり、あんたも知ってたんだな」


 栗山が言うと、大家が一瞬悲しげな表情を浮かべた。だが、すぐに立ち直って口を開く。


「犯行の首謀者は若き天才科学者だよ。あの子は、科学技術長だったセ・ドゥの息子でね。才能はドゥ以上。父親の薫陶を受けてその才能は開花し、ドゥ亡き後はわたしたちが故郷へ帰る希望を繋いだ。でもね。技術はあっても物がない。壊れた宇宙船を修理するには、この世界じゃ手に入らないものが多すぎたのさ」


「ちょっと……なんの話を?」


 栗山が困惑した。


 覚悟していたとはいえ、大家の話は唐突すぎる。もう少し詳しい説明が必要だと訴えると彼女は続けた。


「これはね、宇宙から地球へやって来た異星人たちが、故郷へ帰る方法よりも、その肉体を乗っ取って地球人になりすます方向へ舵を切ったって話だよ」

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