第6話

「つまり……あんたたちは」


 柿沼が言った。


 わずかに胸を張って大家おおいえがその問いに答えた。


「60年前、惑星探査を目的に地球に訪れたエジュラという異星の民さ」


 そして彼女が語り始めた話は柿沼と栗山にとって、にわかに信じ難いものだった。


 それは──遥か遠い異星の物語。


 超光速ドライブ航法の実現によって、大航海時代を迎えたエジュラ星。探査船を宇宙に送り出して本格的な冒険旅行を開始した。建造された探査船は七隻。それぞれ千人の乗組員が搭乗し、七つの宙域に向かって船出したのだ。


 大家たちが乗った探査船『タプラズ』は、広大な宇宙を旅しながら多くの科学的謎と未知の惑星のデータを収集していった。


 しかし、比較的新しく生成されたと思われる太陽系宙域に入った途端、ドライブ航法のメインエンジンである次元粒子機関に異常があらわれたのだ。


 熱暴走による船体温度の上昇は冷却装置の許容範囲を越えて、乗組員の生命維持にも危険が迫る。


 すぐさま人工知能が回避行動をとった。


 惑星探査システムが見つけ出したのは、水に覆われた惑星。船体を冷やすには十分な環境だった。しかし惑星には大気が存在し、水面到達までには大気圏突入時に発生するさらなる高熱を覚悟しなければならなかった。


「全乗員に、大気圏突入時に備えて船外活動シールドの着用と、身体の固定を急げ!」


 命令を下したのは『タプラズ』船長のガ・バウ。エジュラ星人である大家の本当の姿だった。


 女性船長は自らも船外活動シールドに身を包むと、すぐさま背中を指揮席に押しつけて固定ユニットをロックした。


「被害状況をスクリーンに表示しろ」


 前面の大型スクリーンに船内損耗率の表示が展開する。


 船体の損耗と比例するように、乗員の命が奪われていく。すでに三分の一に迫る尊い命が失われつつあった。


 これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。


 彼女は人工知能の判断にすべてをかけた。


「そして、ここからが本番さ」


 大家は続けた。


「人工知能の算出した大気圏突入角度は完璧だったよ。最小限度に抑制された衝撃で大海に着水した我が船は、大規模な水蒸気爆発を起こしつつも船体を冷やすことに成功し、船内に取り込んだ海水によって次元粒子機関の冷却をも可能にした。天の加護は我が頭上にあり……のはずだった」


 喜びもつかの間、宇宙船のダメージが想像以上に深刻であることが判明した。船体各所からの浸水。流れ込んだ海水が乗組員を押し流しながら船内の電装機器を無力化していく。


 女性船長は水圧に耐えられなくなった宇宙船の装甲を慮り、すぐさまサブエンジンでの海中離脱をはかる。


 しかし、十分な推進力を得られず手近かな陸地に活路を見い出すが、そこに文明の存在を確認した女性船長は、新たな決断を下さねばならなかった。


「ただ今より、文明確認時における探査法1177号を発令する。次元断層への干渉急げ!」


「船長、熱を抑えたとはいえ、次元粒子機関の調子は万全ではありません。断層への干渉は現時点では危険です!」


 機関部からの忠告が船内スピーカーに響く。


 当然の忠告ではある。だが、異文明との接触には最大の注意を払うべきだった。不用意な接触によって生じる誤解は両文明に悲劇を招くかもしれない。


 それを避けるために、まずは次元の裂け目に身を隠す探査法1177号の発令が義務ずけられているのだ。


「目の前に文明があるんだよ。エンジンがぶっ壊れても次元断層へ突っ込め!」


 有無を言わせない彼女の言葉に、機関部のスタッフたちはおお慌てで機関調整に駆け回った。


「文明さえなけりゃ地上に着陸して終わりだったけど、仕方ないやね。不調なエンジンにとって次元断層への干渉はリスクしかない。だが、掟は絶対だ」


 大家は言い切った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る