第4話

 警察官もどきのふたりが、直立不動の姿勢をとった。


 それを見て中年女は満足気に目を細めるが、柿沼と栗山に視線を向けた途端、づかづかと歩み寄ってくる。


 手ぬぐいを姉さんかぶりにして、白の割烹着の裾から紺色のモンペがのぞく。


「あんたらよそ者だね。この町になんの用だい?」


「私たちは機捜の者です」


 栗山が言った。


「きそう?」


「警察です。機動捜査隊」


「ふん。警察って証拠が……」


 女が言い終わらぬうちに、栗山が警察手帳を提示する。


 手帳を覗きこんだ女は、樽のような体を揺すって大笑いした。


「なんだい、そのオモチャみたいなバッジは! これ手帳じゃないよ。騙すんならもっともらしくしな!」


「確かに昔は手帳型でした。でも、今はバッジケースに規格変更されています」


 女が言葉を失ったのを見逃さず、栗山は畳み掛けた。


「私たちは犯人を追跡中です。一刻を争うのでここで失礼します」


「駄目だ、行かせないよ! ここはあたしが管理する町でね。あたしが気に食わないと判断したらお帰りいただくことになっている。どうしても入りたきゃ、入国許可証を提示しな」


「入国許可証?」


「パスポートだよ、パスポート」


「な、なんで国内でパスポートが必要なんだ! 柿沼さん。行きましょう」


「ちょっと待て」


「誘拐犯を見逃しますよ」


「わかってる。だが、確認しておきたい」


 柿沼が中年女に対峙した。


「お尋ねします。ここはどこですか?」


「あん?」


「あなたはこの町を管理していると仰った。ふつう管理人と言えばマンションやアパートだと思いますが」


「だからなんだ。ここにはアパートも団地もあるんだ。そこも管理しているから嘘はない」


「そうでしょうか。私が見たところ、ここは嘘だらけに思えます。ほら、あのふたりの男たち。あの制服は、現在警察では使われていない古いものです。なのに彼らは警察官だと名乗りました。それと、この町。私には、昔のものばかりで構成された架空の町にしか見えません」


「ふん」


「同じく、町の管理人とはかなり胡散臭いと思いますよ。しかも入国許可証だなんて、茶番もいいとこです。答えてください。あなたは何者ですか? そして、この町はなんですか?」


「ち、しゃらくさいね」


 女が指を鳴らす


 たちまちふたりの警察官もどきが動いた。木製の警棒を振りあげて襲ってくる。


 ウエストポーチに手をかけた栗山が、装備した警棒で応戦の準備にはいった。


「やめろ栗山」


 柿沼が見咎める。


「武器を使うな。怪我をさせるんじゃない」


「無理やりブレーキを踏み込んだ人が、よく言いますよ」


 巨漢が突っ込んできた。


 栗山は、振りおろされた警棒を交わして、その脚を薙ぎ払った。うぐっと呻き声をもらして巨漢が地面に突っ伏す。


 続けてのっぽが動いたが、栗山には勝てないと判断したのか、標的を柿沼に変えて襲いかかった。


 柿沼は腰を落とすと、覆いかぶさるのっぽの懐へ飛び込んだ。


「はっ!」


 気合いもろとものっぽの体が地面に叩きつけられる。


 一瞬の出来事だった。なにが起こったのか理解できないまま、のっぽは激痛に顔を歪めた。


 柿沼の見事な一本背負いに、栗山が感嘆する。


「先輩、お見事!」


 しかし、警官もどきをあしらった二人にブーイングの嵐が吹き荒れる。それは町中から発せられた住人の声だった。同じフレーズをみなで唱和するのではなく、違う言葉が重なり合ってひとつの音を形成しているのだ。


 天から降りそそぐ憎しみの呪文。住居全体が生き物のように蠢き、招かれざる客を追い返そうとしている。


 こんなにも敵意むき出しの感情に抗う術などない。底知れぬ重圧に柿沼と栗山は茫然と立ち尽くした。


 中年女は勝ち誇った表情で二人に告げる。


「お遊びは終わりだ。二人とも、ここから出ていきな!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る