第2話
夕焼けに伸びた影が私の先を行く。その更に先には、少女が上履きで歩いていた。俯きがちな少女の姿に胸が締め付けられてしまう。
あれは、私だ――
数年前、私が学生だった頃の話だ。
小学校から始まったいじめは、私が中学を卒業するまで続いた。高校に行ってもすぐに妙な噂が流れ、私はしばらくの間ひとりぼっちだった。
世界を、神様を、皆を、私は強く恨んでいた。
高校で私は、たった一人の理解者を手に入れた。彼は私を守ってくれた。その存在は私には大きく、その時私は思ったのだ。もっと早くに出会っていればと。
孤独やいじめに慣れることはない。慣れるのは痛みであって、それは麻痺に近いのかもしれない。痛いものはどうやったって痛いはずなのに、心は自分を守ろうといつの間にか痛みに鈍感になってしまうのだ。
それでも、重なる苦痛に傷口は治るどころか悪化し、知らぬ間に化膿してしまう。
体にだって、心にだって、生きている限りは限界がある。絶対に越えてはいけないそれを、他人が推し量ることなんて不可能だ。
そしてそれは状況によっては自分ですら見失うこともある。極限状態になった人間の思考回路は、時にあり得ない判断を下す。
現に年間数名の学生がいじめによりその命を絶っている。
誰かを自殺に追いやることが正しいことだと思う人間なんていないだろう。
そんなこと誰にだってわかることなのに、学校という独特な閉鎖環境では、きっと今日もどこかで異常な日常が繰り返されているのだ。
だんだんと酸素が薄くなっていく世界に1人閉じ込められたように、息苦しくても自分ではもがくことしかできない。そんな悪夢のような日常が――
だから生きる希望を失うその前に、たった1人でもいい。理解者が傍にいなければ、心が壊れてしまうのだ。
それを知っていたからこそ、私は彼女に声をかけずにはいられなかった。
そして私は直ぐに理解した。少女が優しさに飢えていること。それと同時に恐れていることを。
だから私は
あの日彼がしてくれたように、凍りついた心を溶かすための言葉を送った。きっと彼女は私の言葉に悩むはずだ。そして今度はもう少し長く話ができるだろう。
思いやりや優しさは、受け取ってもらわなければただの独りよがりに過ぎない。だけど、想いは必ず通じる。それは私が一番よくわかっていることで、伝えたいことだ。
昔私がそうだったから。その時彼がそうしてくれたから。だから私はそう信じている。
帰宅し玄関のドアを開けると部屋の中からは夕飯のいいにおいがした。
今も私の理解者は私の味方だ。そしてこれからもそれは変わらないだろう。
人知れず、薬指に馴染んだリングが煌めいた。
[つづく]
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