第12話 賄賂というものは堂々と渡せば許される

「ここが登録所、ですか」

「うん、やばいでしょ」


 女性に案内され登録所に着いた俺が目にしたのは、ボロボロの受付カウンターだった。

 隣に配置されている受注カウンターとは全く別で、カウンターはボロボロで、辺りの柱には、何かで削られた跡や一本の赤黒い釘が刺さっていた。なぜなのか、その釘は最初から備え付けられているものではなく、後からつけられたのではないかと思ってしまう。


「あ、その釘はあんまり気にしない方がいいよ」

「あ……はい」


 理解。余計な散策は自らの身を滅ぼす。

 それを教えてくれるように、女性は笑みとは思えない笑みを向けてくる。


「さて、まずは挨拶からしないとね。ようこそ、新米冒険者しょうねん。冒険者ギルドにようこそ。私の名前はギア・ヴェネッタ。ここで君のような新米君たちを引き入れるのが役目さ」


 ギア・ヴェネッタ。そう登録所の女性はそう名前を言い、気味の悪い笑みを向けながら、職務的な一礼を受ける。

 気味の悪い笑み以外に、その口調以外は冒険者ギルドの職務的なものだと理解できるが、前者の二点のせいで、どうにも気味の悪さが拭い切れない。


「では紙を出してくれるかい? 少年?」

「はい、分かります」


  とはいえ、ヴェネッタはただ、事務的な職務を全うしているだけであって、ここで余計な口やそぶりは見せられない。公務執行妨害なんて受けたくないものだ。

 そうして、彼女の言われたとおりに持っていた書類をそのまま、ヴェネッタに渡すと、彼女は上機嫌な素振りを見せながら、確認し始める。


「ベル・ラサイヤ、ね……ラサイヤ、ラサイヤ、もしかして、どこかの貴族かい?」

「えぇ、元ですか」

「そうかそうか、勘当か」

「大当たりです」

「はは、ここに来る貴族様なんてそのぐらいさ。他に理由があるとしたら功名心ぐらいだよ」

「……」


 にしてもよく口が開く女性だ。いや、軽いというのだろうか。

 軽口で人の事情に踏み込んでくるが、そのようなことに慣れているのか、辺りにいる職員や冒険者たちはヤジを飛ばしたり、笑ったりなどはしない。逆にどこか恐怖心を抱いているように見える。不思議なものだ。


「まぁ、貴族であろうともどうでもいいけどねぇ」


 なら話すな、と反射的に言ってしまいそうになるが、我慢だ。我慢。

 余計なことは、己の寿命を削るだけの所業だ。それに、ここで乗って見せたら、ヴェネッタの楽しみを増やすだけだ。


「そうですか」

「うんうん、そう、貴族なんて、いないし」

「……確かに、そうですね」


 そうつまらない会話をしながら、ヴェネッタは事務を続ける。

 

「む、君、スキルランクおかしくないかい?」

「おかしいですか?」


 すると、ヴェネッタの口からある疑問が浮かび上がる。

 スキルランク、あぁ、そういえばそんな死ねばいいと思うものあったな。

 考えたくないし、答えたくないものだが、答えないというものは情報改ざんとかで追及されそう。ましてや、このヴェネッタおんなのことだ。すぐに悟られる。

 女性というものは、何かと察しがよいからな。


「うんうん、ほらスキル欄が『借用』。それで、スキルランクがEXだよ? 規格外でしょ」

「……」


 余計なことを。

 瞬時に浮かんだ言葉がそれだ。EXというスキルランク事態に規格外なはずなのに、彼女はそれをべらべらと口を開き続ける。

 そのせいで、辺りの人たちの良い注目の的だ。

 奇異、興味、欲にまみれた視線が嫌と突き刺さってしょうがない。人の欲にさらされるのは、はっきり言うと汚らわしい。


「スキルもランクも異常だ。それに今、君の情報を調べさせてもらったけど、ある一項目だけ異常に発達しているものがあるよ」

「……」


 聞きたくはない。だが、目の前のこの女はそんなことを聞いてはくれない。


「魔力だ」


 ヴェネッタがそういうとさらに辺りのにいた人たちは一斉に盛り上がる。

 奇異や興味の視線が全て下卑た視線に変わる。貴族や王族たちが嫌と見せたあの視線が、突き刺さる。


「魔力に関しては、君は異常発達している。使える魔術とかはあるのかい?」

「無い」

「ほう、それは良いことではないかな? 覚えるということ「違う」……なに?」

「俺は魔術を覚えられない」


 途中でヴェネッタの言葉を割り込み、俺はそう言うと、辺りからは失望したような声が上がるが、これで良い。余計に人に期待され、利用されるのなら、嘘をついてでも隠せばよい。

 とはいえ、あること以外は、すべて事実だ。


「……わぁお、それは驚いた。そして、感心した」


 だがその中でも、ヴェネッタは興味そうな視線を向けていた。

 本当に嫌な女だ。人のことを勝手に出汁にして、楽しませながらも勝手に失望させる。まるで、『火つけ消防菅』だな。


「君は本当に賢い子供だ。子供だと思いたくないほどにね」

「さぁ、子供ですよ?」

「嘘を」

「ではありませんよ」


 巧みな心理戦を行う俺とヴェネッタに気づかない周りの人は、平静を保ったまま何気ない会話をしているように見えているが、俺たちの心理戦を察しているギルドの職員たちはその表情にどことなく緊張感を持っていた。


「……ふふっ、本当に良い者だよ。君は」

「そうですか? 俺はそんな気がしませんがね」

「ふふ、そういう所、最高だね」

「そうですか」


 最高、か。最低の間違いじゃないか?

 人が人に最高というときはイカレテいるとき程度が、良いスパイスになる。


「じゃあ、そんな君にこれを与えよう」


 そうして渡されたのは、一枚の金属の板、ギルドが冒険者に対して発行するプレートともう一つが貨幣の入った麻袋だった。


「これは?」

「理由を聞きたいのかい?」

「えぇ、理由もなく金目の物を受け取るほど、俺は腐ってはいないので」

「ふぅん、そうか、そういうかぁ」


 俺がそう答えると、ヴェネッタは俺のことを静かに笑みを浮かべながらも俺のことを見つめてくる。


「なら良いよ。教えてあげる」


 すると、ヴェネッタはそう軽く答える。

 俺の中では、深く考えると思っていたのだが、こうも軽く言われると、やるせない気持ちが沸き上がる。けれども、こう解答が来るのではないかと、俺の中では既に出ており、満足している自分がいた。

 まるで、主線軸の俺の思考とは別に平行軸の俺の思考がそう判断を下したかのよう。


 とはいえ、目の前に置かれた麻袋の理由を聞かなければ、俺はこの麻袋を何も思わず受け取れるわけが無かった。


「君にそれを渡した理由。それは『投資』だよ」

「『投資』?」

「うん、投資。いわば先行投資と言う奴だね」

「俺にはそれほどの事をされる資格はないかと思いますが」

「そう思っているのは、君だけ。いや、下手のクズ共ぐらいだ」

「なんですって?」

「私以外にも、君の才能に取り入ろうとする聡明な人間がたくさんいるんだよ。だからこそ、今後、君に対しての競争率が高くなると思う。それなら、先行投資をして君に手を付けた方が、得策じゃないか」


 俺に才能? そのような物はない。

 ただの愚劣の体現。そのような物に、この麻袋に入っているものを受け取れるのだろうか。


「受け取るさ。君は、受け取らなければいけないんだから」

「………」


 まるで心を読んだかのように、ヴェネッタはそう宣言すると、俺の視線は自然に机の上に置かれている麻袋に向かってしまう。

 とはいえ、これを受け取ってのメリットは明確化されない。この麻袋を受け取って俺の利益はどれくらいだ? それに被る損害は? そう考えていくと、この麻袋には少々、手を付けにくい。

 金が無い、とはいえ、この選択はいやでも真剣になるという。


「まぁ、私が唾を付けるとなると、ほとんどの奴は手を出さないから安心しなよ」

「え?」

「皆、私に喧嘩を売りたくないということさ」

「……」


 ヴェネッタがそういうと、あたりにいる人たちは一瞬にしてその表情を気まずいものを見せて目を背ける。

 その様子を見てしまうと、本当にヴェネッタは恐ろしいもので何者かを気になってしまう。


「まぁ、ていの良い賄賂という事さ」


 思考が止まる。先ほどまでのシリアスな感覚が一斉に消え失せる。

 だがそう言われると急に受けづらい。

 それがどのような綺麗な理由であろうとも、賄賂、という綺麗の言葉からかけ離れている単語を聞くと、一気に喜ばしい気持ちが消えうせる。


「受け取るかい?」

「……」


 静かな選択。

 どちらを選ぶか。どちらを取るか。どちらを捨てるのか。

 きちんと頭の中で先の先を読んで、物事を確かめる。

 そして、俺は決断した。


「受け取りますよ」


 そうして俺は、麻袋を受け取ることを選んだ。

 渡された汚い金を俺は受け取ることを選んだ。

 これが先行投資というのなら、俺自身の価値を理解するというなら、使われてやろうじゃないか。

 絶望しないでくれよ。


「ふふっ、これからもよろしくね。少年」

「えぇ、よろしくお願いしますよ」


 なんというべきか、この女性とは長くなりそうだ。

 そう本能が察したのだろう。

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