第7話 結婚と言う縁切りは縁切りじゃない

「貴様に王家との婚約が決まった」

「―――え?」


 何を言っているんだ?

 婚約? 王家と?

 何の冗談だ。


 頭の中がぐちゃぐちゃに変質しそうだ。

 肉が泥に変わるように、どろりと何か溶け出し僕の頭の中で暴れまわる。

 そのせいか、視界がぐにゃりと歪み、深い嘔吐感に包まれる。


「ど、どういうことですか?」

「二度も言わせるな」


 二度も言わせるな、じゃない。

 二度言われなきゃ、あんたの言っていることが理解できていないんだよ。

 目の前で堂々と座る男に僕は深い怒りを覚えながら、必死に冷静さを保たせようとする。


「王家との婚約だ。お前にはもったいないほどの光栄であろうよ」

「王家、ですか?」


 何でこんなことになった。

 何でこんなことになる。

 僕が予想して咆哮よりも、この人たちが選択す道はなぜこうも空回りをする方にしか運ばない。

 

 望んではいやしない王家との婚約。

 その事実は重く、心に響く物がある。

 響くと言っても良い方向では無く、悪い方向にだが。


「大丈夫だ、安心しろ。この婚約はあちらから申し込まれたものだ」

「あちら、もしかして王家からですか⁉」


 王家から婚約!?

 まずありえないことなのに、申し込まれたとなれと断るのが難しくなる。

 何分、あちら側から頭を下げて申し込んできたのを無下にするのだ。

 そのような願い、この男にとっては何とも喜ばしい事なのに、なぜ、末っ子の僕なんかに? 普通なら、長男か次男をその席を与えるのに、僕なんかに渡すんだ?


「………」

「やっと静かになったか。では、内容を言うぞ」


 彼の提案に僕はどことなく疑いながらも、静かに話を聞き始めるとあの男は勝手に語り始める。


「相手は、カルバリン王国王家。クリスタ・フォールズ・カルバリン。父方があの忌々しいマンハッタン家の一族の男、クロード・マンハッタン。その娘だ」


 ………あぁ、そう言う事か。

 自身が嫌悪している血族を、長男次男に入れたくないという事か。

 入れたくないが、権力は十分ある。それに王家の誘いと来た。断れば王家の信用が下がるとでも思ったのだろうか。

 こう考えてみるとこの男が考えることは容易に分かる。

 だが残念だったな。僕はあんたの思い通りに動くわけが無い。

 動いてたまるものか。


「ベル。そにこれは普通の婚約と違うわ」

「何がだい? 王家の方から婚約申し込みの話があるだけでも十分に普通の婚約とは違うと思うけど」

「黙りなさい。愚弟ベル

「っ、分かった」


 なんで、ここでマリアンヌ姉さんが割り込む?

 今この場での支配下は確実にあの男であったのに、急に割り込み支配権をあの男から奪ったマリアンヌ姉さんは先程まで出されていた料理を食べていたのに、その手に持っていたフォークとナイフをテーブルの上に置き、真剣な表情で僕のことを見る。


「この婚約は私の友人に提案されたことなの」

「マリアンヌ姉さんの御友人?」


 確かマリアンヌ姉さんは、王都の学園に通ってはいるけれど、友人がいるとは思えない。

 いや、女と言うものは表と裏があると思うし、存外、友人がいると思う。


「変な事を考えた?」

「いや、なんでも」


 やっべ、さすがに感づかれたか。


「で、その御友人がなんでこの婚約に?」

「なぜって、その婚約を頼んできた本人だもの」

「え?」


 本人?

 婚約を頼もうと提案した中間役では無く?

 頼んできた本人?


 そう考えると更に頭が痛くなり困惑してくる。

 意味が分からん。


「もしかして、クリスタ王女のことですか?」

「えぇ、そうよ。その彼女が、貴方との婚約を求めているの」

「は⁉」


 クリスタ王女との友人という事は初耳なのに、更にそこに王女直々の指名と言う状況にさらに耳を疑う。

 クリスタ王女との関係よりも、その関わった経緯は何となく予想できるけど、なぜそこから婚約までに吹っ飛ぶのか分からない。もしかして、マリアンヌ姉さんもこれに一枚噛んでいる、と言うか共犯か⁉


「共犯では無い。本当にあちらから提案されたことだ」

「はい?」

「元々、クリスタは他にも多きの貴族階級の家から婚約の申し込みがされている。それを全て断って、我々に婚約を申し付けたわけだ。その意味、例え愚弟でも………わかるよな?」

「!!」


 意味が分かる。

 他の家を断り、名指しでこちらの指名した王家の娘。

 それを断るという事は、僕達の家だけでは無く、王家にさえもその名前に泥を塗ることになる。

 そうなると、自分の家だけでは無く貴族全て、もしくは王家から目を付けられる。


 もし、そうなのなら、僕がこの家を出たとしても安泰なんてできるはずがない。毎日、よろしくない視線に、睡眠時間などを削り一瞬も気が抜けなくなる王家や貴族からの刺客。

 そんなのに来られたら、僕が望む平穏なんてやってこない。


「無理です!」

「!!?」

「何を言っているのか分かっているのか⁉」

「無理な物は無理です!」


 僕が大きく腕を振り広げながらそう宣言すると、あの男カエサルとマリアンヌ姉さんは驚いた表情を見せる。

 

「本当に何を言っているのか理解しているのか、愚弟?」

「えぇ、理解できています! 婚約でしょ! 王女様との!」

「ならなんでしない?」

「するしない以前に、僕を指名した理由が分からないし、あんたらに政治の道具として使われるのが嫌なだけだ! 今にでも縁を切りたいっていうのに、そんな好都合すぎて逆に気持ち悪いことがあるわけが無い! 絶対、裏がある!」


 堪忍袋が切れた僕は今っまでため込んだ気持ちを爆発させるかのように吐き出すと、マリアンヌ姉さんたちは驚いた表情を見せる。


「それに、王家との結婚がどんな理由があるかわかるか⁉ 王族の継承権争いだぞ⁉ 貴族今の家だけでも大変だっていうのに、これ以上、僕の胃に負担をかけるな‼」

「だが決定したことには変わりはない」

「そうですかそうですか。それなら僕はこの家から出ていく!」

「………その意味が分かっているのか?」

「あぁ、分かっているさ! 逆に貴族の家に生まれて分からない方がおかしいね!」


 王族の顔に泥を塗る? 知った事では無い。

 だがそれで僕の平穏が侵されるのなら話は別だ。

 僕の邪魔な存在は何が何であろうとも蹴散らし踏みつぶす。それが今の僕が抱くり流儀でありやり方だ。


 それに貴族の末っ子として生まれて何もしていなかったわけじゃない。

 暇な時間は誰よりもあったんだ。勉学や武道にだけ力を入れこむ馬鹿じゃない。

 本を読み、実践し、改良し、誰よりも人に関わりを得たはずだ。


「そんなに、王家の血が欲しいんだったらその王家にこう言えばいい! 『あの愚弟は家を出ました。既に我が家から縁を切ったものです。ですがそれでも求めるのでしたら、愚弟は二年までに探し出して婚約させてみたらどうでしょう』ってね⁉」


 それだったら、あんたらだって満足するんじゃないですかね!?

 まぁ、僕の平穏は消えますが⁉


「………ならいいのではな「駄目だっ!」っ!」

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