第5話 家出準備

 クリスから逃げる様に僕は、その場から立ち去ると、自分の部屋に戻り、引き籠る。


 自分の部屋の中には最低限の家具の数々と、本の数々が積み重なっていた。

 遊具とか、僕が欲しいと言ったものは何一つ無く、ただ僕のことを縛り付ける様なものがたくさんあるだけ、見ているだけで不愉快だった。


「………出ていきたい」


 不用品の人間こどもなのだから、この家にいたってしょうがない。

 どうせ、どこかの貴族に無理やり結婚させられて永遠の隷属を使わせられるぐらいなら、この家から出て行った方がいい。

 どこかの実験動物として扱われ、首輪を付けられ、よく知らん貴族の女に番われ支配されるくらいなら、逃げ出すという選択肢を選ぶ。

 別に次期当主候補でも何でもない僕にとってはこの家を飛び出して逃げ出すことの一つや二つはできる。


 けれども、僕はそれほどの力は無く、度胸も無い。

 ただ口の中から漏らし、現実を僻んでいるだけ、言葉の良い逃げ道だ。

 それに僕は泣き言を言いながら逃げ出してもいいのだが、僕が逃げ出せなばその罰を受けるのは僕ではない。

 カズハやクリス達、かつて僕の事を信じてくれなかったけど、母さんが必死に話してくれた為に、そんな無碍な事はできない。せっかく苦労してまで手にしてくれたものを僕には簡単に捨てることができない。


「どうすればいいんだろう」


 何も捨てないで、どこかに出ていくことはできるだろうか。

 身勝手で、我儘で、世界のことわりなんて無視していると自覚してる。

 けれども、僕は欲しい。

 僕の大事な物を守った状態で、他人から奪い取る。

 搾取されないで、搾取したい。

 大きな矛盾でありながらも、大きなエゴという事を知りながらも、僕には何も失いたくなかった。

 失うのは僕の、僕の中にあるもので良い。


「って、違う違う。つい思考を変な所に持っていっちゃう、僕の嫌な所だなぁ」


 昔っからそう、徐々に徐々に闇の方に足を入れ、僕の中が真っ黒に染まっちゃう。

 そう言う所を、いつも母さんに注意されたこともあるし、今だってカズハに注意される。


「………けど、どうしよう」


 ベットの上で横渡りながら、考える。

 今の状況から逃げるためには、どのような手を打てば、僕として特になることがあるのか。

 ここから追い出されるにしても、何割かの旅賃が必要だろうし、服とかご飯とか、宿とか考えなければいけない。

 今までは何かとカズハやクリスが何とかしていたが、今から行うのは『自分の為に行う』行動なのだから、他人に協力してもらうのは勝手すぎる。

 自分自身の事なのだから自分でやらなければいけない。

 子供と言えど貴族の子供。自身の事をきちんとしなければ、己にも恥だと思おう。

 例え、卑怯者の家であろうとも、家と自分自身は別物だと、亡くなった母の売り文句を僕は信じる。


「よし、まずはどうやって追い出されようか………」


 元々、Skill判明で追い出される予定であったのだが、別段、怒られることや信頼を失うことが無かったために、追い出されることが無くなった。

 だが逆にSkill RankがEXと言う正体不明な存在の為に、それに興味を示されてしまったために、あの見栄っ張りのちちおやに拘束されている。

 予想していたよりも全く逆の内容だったのだから、今のような状況になっている。


「別に僕みたいなやつには、農業の方が性に合っていたのに………」


 僕はそう言いながら、ベットから体を起こすと、数少ない家具の一つ、机に向かい一冊のノートを取り出す。

 その本には今まで僕が書いてきた情報や日記などの数々の事を書かれていた。


 今まで兄や父のやってきた嫌がらせや、楽しかったこと、悲しかったこと、本で読んだ面白そうな事、実践したこと、色んなことが書かれている。

 僕だけが見て分かるように、文字は綺麗に書いたけど、位置はバラバラ、色んな方向から見てみないと分からない程、けれど、僕個人としてはこれが良い。

 どこか公共の場に出すものであるのなら、こんな書き方をしないけど、僕だけ見て僕だけが見るこれには必要ない。

 それに誰かが呼んだってわかるはずもない。


 僕はそう思いながらぺらぺら、とページを捲ると、空白のページへと着く。

 ページの隣には、僕がここを出ていく際に、必要な物とそれの解決策が書かれたものが書かれたページがあった。


「さてと今、目にする問題は………お金か」


 【重要!!】と書かれ、文字の下には二重線が描かれたその文章を見て、少しだけ僕は溜息を吐く。

 なぜなら、僕が今、抱えている問題の他の問題よりも大きく、今後に大きく関わっていくことだからだ。

 この世の中、金なのだ。

 名声も権力も必要なのだが、社会と言う複雑なシステムで生きるためには、何をするにも金なのだから。金が無ければ生きることも許されず、システムの中に組み込まれることも無い。

 だからこそ、金なのだ。


「お金は、家財を盗んで………駄目だな。足がつく。なら、街に出て私物売る? これも駄目。僕に私物と言う私物なんて無いし………本当にどうしようかなぁ?」


 考えれば考えるだけ、頭が痛くなりそう。

 一考えれば、一否定文がやって来てメリットとデメリットが頭の中で交差する。


「もう、いっそのこと。家出します、と言って出て行ってもいいかな?」


 頭の中で次々と考えを生み出すたびに僕は無駄に疲労感だけを覚え、結局はこんな回答しか出てこない。

 もし、僕にこれ以外の回答があると言うのなら、誰かに教えて欲しい。


「明日、言いに行くか」


 もう頭を使いたくない。複雑でいたくないと考えながら僕は、ノートに一言、描き加えてまだ日が高いが、ベッドに向かった。


《もう考えなくていい》

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