第4話 父兄
コンコンコン、
「入れ」
「失礼します」
僕はノックした後に小さくそう言うと、お父様のいる間の扉を開く。
扉の先にはいつもと同じように僕の事なんて無関心そうな表情で執務に取り掛かっている。
「何でございましょうか?」
僕は堅苦しい言葉でそのような事を言うと、むっ、とした顔で眉間に少しだけ皺をよせながら僕の方を向く。
「王家から視察の者が来たが、貴様は出なかったようだな」
「………」
父、カエサルはそう言った瞬間、僕の体はピクリと反応する。
王家から視察の者?
その言葉に必死に思い出そうとすると、休憩前にあったあの煌びやかな服装の集団の事を思い出す。
確か僕はあの時は疲れていたい、どうでもよかったから出なかった。
「どのような要件で出なかった」
「疲れていたので出ませんでした」
「ふざけているのかっ!!」
僕は何一つ間違ったことも言わず、隠し事も言わず答えると、カエサルから雷のような怒号が響き渡る。
「なんで、王家からの使者に全うに出なかった! それが原因で王家から見離れたらどうする!」
「知りません。僕に関係ない事なので」
「ふざけるなっ! 貴様のそのような、軽率な行動が我が家紋に泥を塗るような行為をしているのだぞ!」
知りはしない。
あんたらにとってこの家は最高からも知れないが、僕にとっては最低最悪な場所だ。興味がない。
繁栄とか、衰退とか、栄光とか、そんなこと全てに関してどうでもよくなってくる。
けど、一つ心残りがあるのはこの家の取り潰しの際に執事たちやメイドたちの今後が気になる。彼らは僕達のことを支えてくれた重鎮だ。そう易々と無下にはできない。
だがこの家の人間はどうでもいい。
底辺這いつくばってろ。
その一言に尽きる。
「くそっ! 今再び我が家の王家との癒着を絶対にし、あの忌々しいマンハッタン家の者たちから王家の血筋を取り戻すのだ!」
はぁ、またか。
この人は、嫌という程、マンハッタン家のことを嫌っている。
祖父、いや曽祖父の代から徐々にこの家は王家とは離れつつある。その理由がマンハッタン家。新興貴族の一つで、多くの偉業をこなしたことより王家から厚い信頼を寄せている。
そのためか、徐々に離れつつラサイヤ家は王家からの癒着、と言う名の信頼と支配を求めようとするのだから、貴族社会の面倒くさい所の一つである。
というか、既にこの人は、王家との婚約を取り付けたという話も聞いたし、王家との繋がりが既に強いと言うのに、まだ欲しがると言うのか。馬鹿みたいだ。
「なんだ、その眼は!」
「何でもありません。父上」
「!! 貴様に父と呼ばれたくないわ」
「そうですか………ではこれで用が無いのでした。僕はこれで、僕もあなたと同じく暇では無いので」
「っ! 今度、王家の使節者が来たか絶対に出席しろよ」
「分かりました。暇では無ければ……」
僕はそう言って頭を静かに下げると、彼のいる執務室から出て行った。
二度と来るもんか、と願いながら。
ガチャリ、
「お、何か説教されたのかよ?」
げっ、嫌な奴が連続で来るとは………。
「………なんでしょうか? こんなラサイヤ家のゴミに付きまとうとは、ラサイヤ家の次期当主様は」
僕は声がかかった方に顔を向けると、そこにはかっこつけているつもりなのか、背を壁に着けながら数頭分、背が高い男性がいた。
「未来のご当主様のことだから、部屋の中でお勉強なされているのかと思いましたよ」
「なんだとっ!」
「次期当主様も大変ですねぇ。当主候補から背中を狙われているんですから。あ、けど、安心してください。無能の僕が次期当主様なんかに背中を取れるような人じゃないですから………安心して背中を向けてくださいよ」
にやにやと笑う次期当主、ルシウス・ラサイヤは僕の軽い長髪で先程まで壁に着けていた背中を話し、僕の方へと向く。
けれども、僕はそれだけでは止まらない。
更に軽い挑発交じりの言葉を飛ばすと、更にルシウスは顔を赤く染め上げる。
まるで、アロエの花みたいだ。
「あれれ? 背中離しちゃっていいんですか? さすがに僕が狙わなくても、誰かさんが狙って来るかもよぉ?」
けらけらと笑いながら僕がそう告げると、更にルシウスの表情を赤く染まり、プルプルと震え始める。
本当は言っちゃだめだと思うんだけど、生まれたての小鹿みたい。
「ルシウス様!」
心の中でそう嘲笑しながらルシウスの事を眺めていると、後ろから大きな声がかかる。
急な大声に何事かと、ルシウスは振り向くと、そこには黒いタ燕尾服を着こなした初老の男性が立っていた。
「クリス………何のつもりだ………」
「それはこちらの事です。あれほど、問題を起こさない様にと旦那様から注意されていますよね。なのに、家族とは言え喧嘩と言う問題を起こすなど………」
「うるさい! 兄弟間の喧嘩は普通にあると、学院で聞いたぞ!」
「えぇ、兄弟は喧嘩があって互いのことや情など繋がりますが、それが酷くなれば家内での殺し合いと発展します。それを避けるために、言っております」
「だったら!」
「それに、ルシウス様は次期当主。問題やケガなどされてしまえば、ラサイヤ家の家紋に泥を付ける気ですか!」
「!!?」
響く。
クリスと呼ばれる初老の執事。いや、執事長の言葉はまるで威圧が含まれている様な重さが言葉の一つ一つから感じ取れる。
長年、このラサイヤ家を支えてきたクリス執事長にとっては僕達以上の
「くっ! 覚えとけよ、
「あぁ、ごめんなさい。僕、記憶力無いんで覚えるにも少々、苦労しますわぁ」
「ちっ!」
クリスの言葉にさすがに長丁場になるのは得策では無いと考えたシリウスは去り際にクサいセリフを吐きながら僕の前から去る。
だがこの場に置いて圧倒的な中立でありながら力を持っているものが残されていたが………。
「なにかな? クリス執事長?」
シリウスがいないこの場にはクリスは何も言わず真剣な視線で僕のことを言ってくる。
「………はぁ、坊ちゃま」
「!! ………何かな? クリス?」
「問題行動をそこまでにしといてくださいませ、亡きイヴォンネ様が悲しみますよ」
「………」
イヴァンネ。イヴァンネ・ラサイヤ。
僕の母であり、見放されたこの家で唯一の味方。
今、メイドや執事たちが僕のことを見てくれるように頑張った人でもあり、この家の中の第二の主人。
けども、二年前、急に倒れてそのまま亡くなった。
原因不明の死。
だけども、僕はそれがカエサルのせいだとみている。
ルシウスやカウルトゥーレ、マリアンヌなどの多くの子を産みながらもみな平等に愛を注ぎ、家臣や使用人、領民から称えられた素晴らしき女主人。
その力は既にカエサルの人気よりも上回り、目障りと思って消したんだろう。
例え、それが自身の妻であろうともあの男は考えることは本質は変わらない。
病気だとか、毒だとか、他殺だろうが、僕にとっては実の父なんてしょうも無く、見放す存在という事なのだから。
「母さんは関係ないだろ」
「いいえ、関係あります」
真摯な表情で語るクリスに僕は、一瞬、何も言えなくなってしまうが、口を開けばまるで思春期の子供のような事しか話さない。いや、話せない。
それ自身が僕にとってトラウマのように引っ付ていたから。
僕が、母さんの話をしようと胸が苦しくなって、喉が熱くなる。
だから話さない。
「坊ちゃま………」
「ありがとうね………僕は、もう部屋に戻るよ………」
心配そうな表情で僕のことを見てくるクリスを無視して、僕はその足を自分の部屋へと向けた。
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