第35話 目が覚めると……。
「……ちゃん……お兄ちゃん。お〜い」
義理の妹の沙羅の声がする。
……う……う〜ん。いてて。体が痛い。
意識がはっきりしてきた。床に寝ていたようだ。硬いフローリングの床なので体が痛い。
……あれ? 雲雀さんが……いない?
ベッドに寝ていた雲雀さんの姿がない。起き上がり部屋を見渡してもどこにもいない。いるのはベッドに座っている沙羅一人。
「沙羅、雲雀さんは?」
「雲雀さんはみんなと夕ご飯食べに行ったよ。で、食事が終わったらこっちに寄らずに帰るって。いま家にいるのは私とお兄ちゃん二人だけだよ」
部屋の時計を見ると午後七時を少し過ぎていた。
「えっと、どうして起こしてくれなかったの?」
「ママから『二人を呼んで来て』って言われて部屋に来たら雲雀さんはベッド、お兄ちゃんは床に寝ていたんだよね。で、部屋に入ったら雲雀さんが起きてね。
その雲雀さんが『ヨダレ垂らして気持ちよさそうに寝ているから起こすのは可哀想』って言ったの。だから起こさなかった。ということです」
「そうっすか……」
雲雀さん……優しいけど、起こしてください。おそらくだけどしばらく会えない。挨拶したかったな。
「で、何処に行ったの」
「お肉食べに行ったよ」
「お肉……だと。もしかしてあのお店?」
「そだよ」
ぐはっ! 俺も行きたかった。黒毛和牛最高ランクA5を目の前の鉄板で焼き焼きしてくれるお店。ヒレ肉食べたかったぁぁぁ。
「行きたかったよぉ。食べたかったよぉ」
「大丈夫だよ。焼いたお肉お土産で買ってくるってパパが言ってた」
「あ、そうなの? やった。楽しみ〜」
「それにしてもお兄ちゃんと雲雀さん二人っきりでラブラブだったね」
「ラブラブ? 俺と雲雀さんが? と言うか見てたの?」
「見てないよ。声だけ聞いていたよ。——って、べっ、別に気になったから廊下にいた訳じゃないんだから。部屋に……そう、部屋に用事があって来たらたまたま聞こえただけなんだから」
たまたまね。不可抗力ってことね。
「それなら仕方ないね。で、何がラブラブだったの?」
「お兄ちゃん本気で言ってる? 誰が聞いてもイチャラブ会話だったよ」
アレが……イチャラブ会話⁉︎ マジっすか⁉︎ 自覚なかったんですけど。
ベッドに座っている沙羅はため息を吐いた。
「お兄ちゃんのお口を開けて驚いているアホ顔……気づいてなかったみたいだね」
「う、うん」
「そっか。じゃあ、雲雀さんがお兄ちゃんの事を好きってのも気づいてないんだね」
……は? 雲雀さんが俺のことを……好き?
「イヤイヤ沙羅さん。それは気のせいでは?」
「イヤイヤ和希さん。あの時の雲雀さんのお兄ちゃんへの言葉は好き以外考えられないんですけど? 良かったね、ダイエットしなくても大丈夫だよ」
「……もし雲雀さんが俺の事を好きでもダイエットはする」
「うーん。雲雀さんは外見で人を見ないと思うけど……」
「そうだね。雲雀さんはそんな人じゃない。痩せるのは俺自身のエゴさ」
「エゴ?」
「そう。ぽっちゃり和希でもいいけど、サヨナラしないといけないと思う。過去の俺と決別する為にね」
「そっか。じゃあダイエット頑張ろうね」
それから暫くして両親が帰って来た。お肉をお土産に。
◇◆◇
次の日の夜、俺はぽっちゃりに戻った。戻る時の全身ビリビリ激痛はツラかった。死ぬかと思った。もう二度と秘伝は使わないと誓った。痛すぎる。
沙羅から相談があった。『学校では今までの私でいい?』と聞かれた。俺が怒ったから確認との事。
俺は『いいよ』と言った。あの時俺は他人ように扱われた。それが嫌だっただけ。別に学校の沙羅が嫌いなわけではない。
沙羅がなぜ家とは別人の振る舞いを学校でしているかは分からない。何か事情があるんだろう。
「お兄ちゃん、姿はぽっちゃりに戻ったけどカッコいいよ」
「ありがと」
沙羅は雰囲気がぜんぜん違うと言ってくれた。嬉しい。
「お兄ちゃん。あのね……」
沙羅がモジモジしている。
「どうした?」
「昨日言えなかったけど……」
沙羅はチラチラ俺を見ている。何かを言いたいけど言えない。そんな感じだ。
「なに? 教えて」
「えっとね。昨日雲雀さんが起きて暫くしてお兄ちゃん……寝っ屁したんだよ」
「……はい? 寝っ屁? え? えぇぇぇぇ! 雲雀さんの前でですか⁉︎」
「そだよ。ボフッって物凄い音と物凄い匂いがしたよ」
うっ、嘘でしょ⁉︎ 恥ずかしいどころじゃないんですけど⁉︎
「ひっ、雲雀さんの反応は?」
「苦笑いしてた。『人間だものオナラくらいするよね』って言ってた。『気絶しそうだから早く部屋でよ』ってコソッと言ってた」
「うう、大失態だ。シクシク」
「ドンマイだよっ。お兄ちゃん」
そう言って沙羅は親指をグッと立てた。俺の馬鹿ぁぁぁ。
今日で夏休みが終わる。最終日は最悪だったけど最高の夏休みだった。明日からの学校とダイエットがんばるぞ。
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