柊夜と登校

「起きてください……」


「ん……」


 何故か愛おしい声が聞こえる。

 はて? 俺は未だに夢の中にいるのだろうか?


「だから起きてください……」


 俺の家にこんなに愛らしい声をするやつなんてーーーーあぁ、アリスがいたわ。

 でも、この声はアリスとはどこか違う。


 お淑やかと言うか、もっと愛らしいと言うかーーーー


 べいびーあいらーぶーゆー、なんて歌を口ずさんでしまいそうなほどのものである。


「ほら、望さん……遅刻してしまいますよ」


 ーーーーなんて、冗談は後にしておこう。


「……おはよう、柊夜」


 重たい瞼を開け、俺は体を起こす。

 すると、そこには制服姿の柊夜の姿があった。


「はい、おはようございます」


 にっこりと、眼前に柊夜の笑顔が映る。

 ……今日も大変可愛いです。ごちそうさまでした。


「……どして着替えてるの? ごめん、後365日寝かせてください」


 余は柊夜の顔を見れて満足じゃ。

 まだ眠たいし、ほんのちょっとだけ寝かせてください……。


「ふふっ……まだ寝ぼけているようですね。おはようのちゅーはいりますか?」


「……いただきます」


 俺はゆっくりと顔を近づけ、柊夜の唇に己の唇を当てる。

 柔らかい感触が口元に広がって、素晴らしいです。


「なっ……な!?」


 顔を離すと、そこには顔を真っ赤にして驚く柊夜の姿が。

 ……柊夜がやっていいって言ったじゃん。


「……顔洗ってくるわ」


 俺は半中ばの意識で洗面台へと向かう。

 節々が若干痛いのは、きっとソファーで寝ていたからだろう。


 今日は朝から何故か幸せな気分だー。


「や、やられました……っ!」


 後ろから悔しそうな声が聞こえたが、きっと気の所為だろう。



 ♦️♦️♦️



 意識を覚醒させた俺は、柊夜と一緒に朝食を食べて学校に行く為、柊夜の家を出た。


 柊夜の通学路を、手を繋ぎながら歩く。

 堂々と宣言して以来、こうして隣を歩くことが出来る事は、普通に幸せを感じる。


 それは大変喜ばしい事なのだが、周りの視線が痛いのは相変わらずのようだ。


「そう言えば、麻耶ねぇとアリスは?」


「お二人は罰として朝の生徒会のお仕事をやってもらうことにしたので、先に学校へと向かいましたよ」


「……罰?」


「……こちらの話です」


 柊夜は顔を赤くしてそっぽを向く。

 そして心無しか歩幅が大きくなったような気が……あぁ、納得。


「まぁ、今度また泊まりに行くからさ」


「……楽しみにしています」


 愛いやつめ。

 隣に並ぶ柊夜を見てそう思ってしまった。


「それにしても、朝の望さんは積極的でしたね」


「……why?」


「ほら……私にキスしたではありませんか?」


「あぁー……」


 そういや寝ぼけてそんな事したなー。

 でも、それはーーーー


「柊夜がキスしてもいいって言ったからだろ?」


「それはそうなのですが……ま、まさかされるとは思いませんでしたから……」


 思い出したのか、顔を赤くして体をモジモジさせる。


 本当に、攻める時は強気なのに、受けに回ると弱いよなー。


「……可愛いなー」


「な、何を言い出しますか!?」


「いや、攻められたら本当に弱いとこ。普段とのギャップも相まって本当に可愛いのよ」


「そ、そんなことありませんよ!? 」


 そんな強がっちゃってまぁー。

 大丈夫! 俺はちゃんと分かってるから!


「はぁ……もういいです。また今度やり返す事にします」


「はいはい、お待ちしておりますよ」


 柊夜は唇を尖らせて拗ねてしまう。

 それがまた余計に可愛いのだが、これ以上は追撃しないでおこう。


「そう言えば、そろそろ体育祭があるな」


「えぇ……体育祭自体は来月ですが、そろそろ準備は進めないといけませんね」


「……ちなみに、生徒会はお仕事ある感じ?」


「もちろんですよ」


「……なんてこったい」


 はぁ……なんと嫌な行事なんだ体育祭。

 生徒会でも仕事があるって……俺、そろそろ限界よ?

 社畜道まっしぐらよ?


 先にある仕事にげっそりしていると、我が校の門が近づいてきた。

 それにつれて、視線が凄まじくなる。


『あれ、生徒会長じゃない!?』


『本当に付き合ってたんだ!?』


『……視線で人を殺せたら、どれだけいいことかッ!』


『……教室にセメントとメリケンサックを用意しておけ』


『了解だよ〜! 追加で釘バットを2ダース用意しておくよ〜!』


 なんか、思っていた以上に注目を浴びるなぁ。

 特に男子の視線が凄まじい。

 血走った眼が人を殺しそうな勢いだ。


 ……教室に着いたら、ホームルームまで何処かに隠れておこう。


「あら? 何故か注目を浴びている気がしますね」


「どうせ気づいてんだろ?」


「ふふっ、そんな事ありませんよ。……このまま手を繋いで教室まで行きますか?」


「……絶対に気づいてるだろ」


 楽しそうに笑いやがって……。

 うちの彼女、肝が座りすぎ。


「さぁ、行きましょ? アピールタイムはお終いです」


「……そうッスね」


 俺は集める視線にげんなりしつつ、笑みを深める柊夜と共に、教室へと向かった。







































































「あんな顔するんだ……」


 一人、外野の中で二人を見ていた人影がいた。


「羨ましいなぁ……私も、付き合ったらあんな顔になれるかな?」


 その人影は、幸せそうな顔をする柊夜を見て、羨望を覗かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る