二人っきりのお泊まり?

「……ふぅ、食った食ったー」


「ご馳走様でした」


 談笑と、色々な恥ずかしいこともあったが、俺達は今日という日の晩餐を終えた。


「……なんだかんだ多く作りすぎたなー。余ったし」


「そうですね……望さんが張り切って作ってしまったのですね。私にいい所を見せようとした為に」


「……そんなことは無い」


 いや、正直な話を言えばそうなんだが……こう、肯定してしまうのは恥ずかしいというか。


 ……なんか、今日は柊夜にマウントを取られすぎじゃない?


「まぁ、明日私と家政婦さんと一緒に食べるので問題ありませんよ」


「そうか……」


 食後についでもらった麦茶を飲みながら、まったりとした感じになる。


 ーーーーそして、しばらくの間無言が続く。


 それは別に気まづいものではなく、安心というか心地よいものだった。


(これが彼女ですかね……)


 妙に気を使う訳でもなく、単なる静寂が互いの距離感を教えてくれる。


「ふふっ、たまにはこういうのもいいですね」


「あぁ……」


 それは柊夜も感じているようで、その表情には嬉しさが感じられた。


「……今、思ったのですが」


「……おう」


「……お時間、よろしいのでしょうか?」


「え……?」


 柊夜の一言に、俺は間抜けな声が出てしまった。

 そして、すぐさま壁にかかっている時計を見る。


 そこには21時と刻まれている時計がーーーー


「……おっふ」


「気づいていなかったのですか?」


「気づいてたんなら教えて欲しかったなぁ……ッ!」


 出来ればもっと早い段階で、時間を教えて欲しかったでやんす。

 気づかなかった俺も悪いけどさ! けどさ!


「……はぁ。まぁ、これは俺に非があるということで納得しよう」


 少しばかり釈然とはしないが、これも致し方がない部分もあるし、しゃーなしだろう。


 とりあえず、おいて今から帰ろう。

 そんで帰りながらアリスに電話で謝っておくか。


 ……アイスを買ってあげたら、機嫌よくなるかなぁ?


「とりあえず、今日は俺帰るわ。時間も遅くなっちまったし」


 だから俺は帰る為に立ち上がろうとする。


「待ってください望さん」


 すると、立ち上がる俺に対して柊夜が待ったをかける。


(……もしやこれはお別れのチューでは無いのだろうか?)


 世の中のカップルはよくやっていると先輩から聞いた気がする。

 柊夜も、最近はスキンシップが取れていなくて寂しがっていたに違いない。


 ならば、ここでそんな要求が来てもおかしくはないだろう。


「どうした柊夜?」


 さぁ、恥ずかしがらずに言ってごらん!

 俺、しっかりと受け止めるからさ!


「あのですね……きょ、今日はもう遅いですし……泊まっていきませんか?」


 ーーーー些か、その要求は受け止め切れそうになかった。



 ♦♦♦



 女の子と二人っきり。

 恋人同士。

 ひとつ屋根の下。


 これらの条件が揃えば、一体何が起こるのだろうか?


 ラブコメ? ほのぼの日常? シリアスシーン?


 ーーーー否!!!


(R……18!!!)


 そう、ここから先は一方通行だ!

 お風呂に入って、一糸まとわぬ姿になり、そしてベッド・イン……しーんーぐーる、べーっどでゆーめと、お前……抱いてたっ頃〜♪


 いかん、これは失恋ソングだ。


「そ、そそそそそそそれは、おととまりのこことですかね!?」


「そ、そうです……」


 柊夜も顔を赤くしている。

 少し恥ずかしそうに体をモジモジさせている。


 これは……間違いないのでは?


「今日はもう遅いではないですか? で、でしたらどうかな……と。それに、私達、お泊まりとかしたことありませんでしたから……」


 ご最もです。

 確かに、柊夜とはまだ一切そういうイベントは起こしていない。


 故にこそーーーー


「ご迷惑……でしたか?」


「いや、全く」


 ーーーー断る理由など、微塵もないのだ!


「じゃ、じゃあ……俺、アリスに泊まるってこと報告するから」


「え、えぇ……」


 俺は柊夜の手が離れた事を確認すると、スマホを取り出して電話をかける。

 この高鳴る心臓は、決してやましいことから生まれたわけではない。


 数コールの後、アリスが通話口に出た。


『もしもし望くん? 私はアリスです!』


「うん、分かってるよ」


 元気がいいなー。

 本当にお父さん、いい子に育ってくれて嬉しいよ。


 何故か電話しているだけなのの、我が子の成長を感じているようで嬉しくなってしまった。


『それでどうしたの望くん? 今日は遅いみたいだけど……』


「あぁ……柊夜の家に来てたんだが、思いのほか時間が結構かかってな……」


『そうなんだ! それじゃあ、今から帰る感じかな?』


「いや、今日は遅いから泊まっていこうとーーーー」


『……え?』


 電話越しに聞こえるその声に、思わず身震いしてしまう。

 どうしたんだろうか? いつもより2トーンぐらい低い気がする。っていうか、低い。


『……それって、ひいちゃんと二人っきり?』


「お、おう……」


 どうしてだろう?

 言葉を発する喉がこれ以上とないくらい重く感じる。


『ふーん……そっかー』


 その「そっかー」が超怖い。


「だ、だからなアリス? 悪いけど、俺今日泊まるから朝御飯は適当にーーーー」


『……泊まる』


「……え?」


『……私も、ひいちゃんの家に泊まるから』


 プツ、プープー……。

 いきなり、電話の回線が切れる。


 まだ言いたいことも聞きたいこともあったのに、途中で切られてしまった。


「ど、どうしたんですか? アリスがなにかーーーー」


 急に切られたスマホを眺めていると、心配そうに見つめる柊夜が声をかけてきた。

 だから俺は正直に、簡潔に言葉をまとめた。


「なんか、泊まりに来るっぽい……」


「……え?」


 俺が本懐を遂げるには、もう少しかかるみたいだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る