俺が柊夜を好きになった理由
「……まぁ、されたな」
校舎下の日陰でジュースを飲みながら、部活動に勤しむ生徒の喧騒を聞く。
顔を合わせず、誰を見るわけでもなく正面で走り回っている生徒を見ながら。
「……そうですか」
自分から聞いてきたにも関わらず短い返事。
……相変わらずそっけね。
「……返事はどうしたんですか?」
「……その事を知ってるなら、俺がどう答えたかなんて聞いてるだろ?」
「聞いてますよ。ちゃんと振って、千歳っちが諦めない宣言したんですよね」
「その通りだな」
缶ジュースに口をつける。
甘い味が口の中に広がった。何故か今日は味がはっきりと分かるなぁ。
「ま、彼女がいるから当然ですよね~! そりゃ、千歳っちでも振られちゃうわけですよ!」
そして、背伸びを一つして明るい声を上げるギャルい。
声のトーンの変化が相変わらず激しい奴である。
「大和後輩には申し訳ないがな。俺には好きな奴がいるし、柊夜以外は考えられねぇんだ」
「はいはい、惚気は他所でやって下さいね~」
「惚気てはねぇだろうが」
いちいちうざい後輩だな……穴があったら埋めてやりたいくらいだ。
「そう言えば先輩……どうやって西条院先輩を堕としたんですか? ……薬?」
「正攻法で付き合ったわボケ」
「じゃあお金ですか?」
「お前は俺を何だと思ってる?」
マジでうざいなこの後輩。
……いっぺん、クラスの男子連中をけしかけたい。
「まぁ、冗談は置いておいて————本当のところは、どうやって付き合ったんですか?」
「そんな特別な事はしてねぇよ。柊夜が告白してくれて、その後俺が改めて告白した……それだけだ」
「へぇ~、西条院先輩から告白したんですね~! ちょっと意外です」
「そうか? 如何にもあいつらしいだろ」
妙に積極的だからなぁ。
自分から攻めるときはとことん攻めるから……ちょっと困るけど、そこが好きではある。
逆に攻められたら照れるし……ほんと、いじらしい。
あぁ……そういえば最近イチャイチャできてねぇなー。
(よし、今日は一緒に帰ろう)
俺は心の中で今日の行動を決めた。
「……先輩は、どうして西条院先輩が好きになったんですか?」
「……いや、そこまで教えてやる必要ねぇだろ?」
「そんな先輩の事情なんて、私知りません」
「こいつ……ッ!」
俺に対する敬意と遠慮は何処に行ったのか?
ギャルいの態度に思わず拳を震わせてしまう。
本当に、俺が柊夜を好きになった理由をギャルいに話す理由はない。
プライベートな部分でもあるし、何せ少し恥ずかしい部分もあるのだ。
だけど————
「……お願いします」
————いきなり真面目な顔をするのはズルいわ。
ギャルいは真面目に、一切の笑みもなく俺を見据える。
続きの答えを望むべく、ただ俺が口を開くのをじっと待っていた。
(……まぁ、こいつが何を望んでいるのか分からんがな)
ふざけているようで、実のところ真面目なこいつだ。
何か、思うところがあるのかもしれない。
「はぁ……」
俺はため息を吐き、少し前の事を思い出しながら口を開いた。
「……俺は、柊夜の中身が好きになったんだよ。強いようで弱い心とか、俺が打ちひしがれている時に支えてくれたりだとか、一緒にいて安心するところとか。一緒に過ごしてきて、そこの部分に惹かれていったんだ」
「ふぅん……てっきり、外見だと思っていました。西条院先輩、めちゃくちゃ可愛いですし」
「まぁ、確かに可愛いが……俺は、外見よりも中身を見るべきだと思っているからな。自分がこれから共にするパートナーの外見なんて、中身に比べたらちっぽけなものだ……結局は、自分の中身と中身が上手く噛み合っていないと、息苦しいし幸せにはなれないんだから」
共に過ごしていく相手なんだから、一緒に過ごして幸せだと思える人の方がいい。
そういう人の方が、幸せを分かち合いたいと思い、一緒にいて安心し、一緒にいたいと焦がれる……そして、好きになっていくんだ。
俺は、そう気づかされた。
「……じゃあ、私みたいに顔が好きな人はダメなんですかね?」
「そんなことはないと思うぞ? これは結局俺の持論だ————それが正解じゃないし、好きなんて人によって違うものさ」
「……そうですか」
俺の言葉に何を思ったのか、ギャルいは青々とした空を見上げる。
「お前が先輩を狙っているのも構わねぇよ……まぁ、先輩はいろいろ拗らせてはいるが、根はいい人だからな」
「根は……ですか?」
「根は……だ」
先輩は女関係には色々問題があるから……ちょっとオススメはしないんだよね。
もうちょっと大人になってからじゃないと、あのステージは高過ぎると思う。
「ありがとうございます……先輩」
「おう……参考になったかどうかは分からんがな」
「そんなことないです……参考になりましたよ」
そして、再び俺達は残りのジュースを飲み干す。
時間的にもそろそろ戻ったほうがいいと思うから。
でも————
「羨ましいなぁ……」
————最後に呟いたギャルいの真意が、分からなかった。
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