第三章 後輩の苦悩

プロローグ

(※蜜柑視点)


 何やら千歳っちが以前と比べて元気な気がする。

 というか、何か吹っ切れたというのかな? 先輩に彼女がいるってことで落ち込んでたのに、今日は一段と元気だ。


 ……何かあったのかな?


「蜜柑ちゃん、早く生徒会行こ! ゆっくりはしていられないね!」


 ……何に対してそんなに急かす必要があるんだろ?

 休日が終わって学校が始まったと思えば、コレだよ……流石の蜜柑ちゃんも幼馴染の事が分かりません。


 放課後の教室。

 ホームルームが終わったかと思えば、千歳っちから急かされる。

 なんて慌ただしいのかな? 少しは平穏を与えて欲しいものだよ。


「……千歳っち、何かあった?」


「うん? ————あ、そう言えば言ってなかった!?」


「……何が?」


 目の前で驚く千歳っち。

 ちょっとごめん、一人で物事を進めないで欲しい。


「そ、それでね……私、この前の休日に————」


 千歳っちは頬を赤らめながらもじもじする。

 何やら傍から見たら恋する乙女の顔をしているようだ。そこはかとなくいつもの千歳っちより可愛い気がする。


 ……恋する乙女ってすごいなぁ。

 でも、先輩は彼女さんがいるし、他に好きな男でもできたのだろうか?

 あの顔面偏差値平均以下な先輩を好きになる理由がいまいち分からない。

 ま、まぁ……たまにかっこいい所とか見せてきてキュンってしちゃう————ってそうじゃない!


 あの先輩一筋な千歳っちが他に好きな人が出来たかもしれないって事!

 そこが気になる!


 だから私は多大な興味を持って、千歳っちの次の発言に耳を澄ませる。


「————時森先輩に好きって言っちゃった!」


「……へ?」


 い、今……なんと?

 先輩に告白した……? 彼女がいるのに? あんなに先輩には勿体ないような美人さんがいるのに?


「それで諦めないって……時森先輩も驚いたけど、最終的に認めてくれちゃった……えへへ。♪ そ、それに後から聞いたんだけど、鷺森先輩も神楽坂先輩も時森先輩の事好きで諦めてないんだって! だったら私にもチャンスあるよね! それにしても、やっぱり二人共時森先輩の事好きだったんだなぁ~。でも分かります! だって時森先輩ってすごくかっこいいんだもん! 紳士的だし、ちょっと自由奔放的な部分もあるけど、そこが逞しいと言うか、そこに救われたと言うか―———」


 ……やばい。

 千歳っちの変なスイッチが入ってしまった。


 先輩の事となると話が止まらないんだよね千歳っちって。

 それに、あんなにだらしないような表情をしながら目をハートにしている今の顔は、普段の大人しい千歳っちとは似ても似つかない。

 おかげでクラスの人からは奇異の目で見られてしまっている。


 ……先輩、こんな可愛い幼馴染が好いてくれてるんですから、ちゃんと手綱握っていてくださいよ?

 私の手には負えないですって。


「千歳っち! 帰ってきて! ここは私の家じゃないんだから! 教室だから!」


「————園地の時にはさり気なく私をエスコートしてくれるところとか……どうしたの蜜柑ちゃん?」


「……どうしたは私のセリフだよ」


 どうして先輩の事で私が疲れないといけないんだろう?

 甚だ不本意である。今日、仕事手伝ってもらおう。


「結局、何があったの? 正直、後半聞いていなかったから」


「あ……ごめんね? じ、実は―———」



 ♦♦♦



「……私がいない間にそんなことが」


「ご、ごめんね? ちゃんと蜜柑ちゃんに言わなくて……」


 それから十分。

 私は千歳っちに昨日一昨日の話を聞いた。


 千歳っちが先輩の事を忘れられずにいた時に先輩が現れて。

 西条院先輩に時森先輩とデートさせられて。

 やっぱり先輩の事が諦めれないから告白して。

 先輩は渋々了承―———そして、帰り際に西条院先輩と神楽坂先輩と鷺森先輩に歓迎と布告をされて————


 ……随分と濃い一日を送ったみたい。


「私としては良かったね? って感じなのかな? まぁ、西条院先輩が文句を言わなきゃ、それでいいと思うけど……」


「う、うん……私も驚いちゃったけど、皆諦めてないみたいで「別に一人二人増えたところで、望さんが私を捨てるわけありませんから」って言ってたし、大丈夫じゃないかな?」


「そ、そうなんだ……」


 なんと男らしいのかな西条院先輩は?

 それだけで、若干格の違いを見せつけているように感じる。


「だから私は諦めないよ! 鷺森先輩にも神楽坂先輩にも負けないくらいアピールするから!」


 そう言って、両手拳を握る千歳っちの姿はいつもよりも清々しく見える。

 それ以上に、いつもより千歳っちが輝いて見える。


(……昔は、私の後ろに隠れておどおどしてたのになぁ)


 少しだけ胸が痛む。

 せっかく他の面で追いつけたかと思ったのに、別の部分で抜かされてしまっているようで。


 それは学業やスポーツという面でもなく————女の子として。

 劣等感が再び私を苛む。加えて、羨ましくも思う。


(恋、かぁ……)


 私は先輩みたいな人じゃなくて、顔が整っている人が好きだ。

 結城先輩みたいな、イケメンが好みだ。


 ……だけど、私は今の千歳っちみたいに輝くことはできるのだろうか?

 今まで、千歳っちみたいに輝いていたことが無い。

 好みと言っても、多分千歳っちみたいに一途になったことがない。


 だからこそ————


「羨ましいなぁ……」


 そう呟いた私の一言は、千歳っちの耳には入ることが無かった。

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