エピローグ

「いやぁ~、どうやら上手くいったみたいだね~!」


「うんうん、千歳ちゃんもよく頑張りました!」


「ふふっ、そのようですね」


 観覧車が見渡せる遊園地敷地内にある喫茶店。

 そこから、どこか楽しげな声が聞こえてきた。


 一人は長い金髪をサイドテールに纏めて、厚手のパーカーとサングラスを。

 一人は大きな帽子を深くまで被って、長い銀髪を隠し。

 一人はフレームが特徴的な眼鏡をかけ、カールのかかった茶髪を腰まで下ろしていた。


「始めは一輝くんの様子を見に来るはずだったんだけどね~! まさか、おねぇちゃん達が望くん達の様子を見ることになるなんて~!」


「だって仕方ないじゃないですか! 望くんがもし千歳ちゃんとあんなことやこんなことしてるかも―———って考えたら、いてもたってもいられなくて!」


「それ、柊夜ちゃんのセリフだと思うなぁ~」


 捲し立てる銀髪の少女に、少し呆れてしまう茶髪の少女。

 セリフとしては彼女らしいものだが、彼女は望の恋人ではない。

 がしかし、それでも独占欲や想いが強いのは、一重にまだ望の事が諦めきれていないからだろう。


「麻耶さんも心配じゃないんですか? 望くんが千歳ちゃんともしあんなことやこんなことしていないかって―———」


「それは大丈夫かな~。もししてたら、私も望くんとあんなことやこんなことするだけだし~」


「さ、流石麻耶さんです……」


 堂々とした麻耶の発言に思わず引き攣った感嘆とした声が漏れるアリス。

 同じ屋根の下で暮らしているにもかかわらず、未だにそのような事が出来ないアリスにとっては、なんとも逞しいセリフであった。


「はぁ……二人共、私の前でよく堂々と言えますね……」


 一方で、そんな会話を聞いていた柊夜は大きな溜息をついていた。


「だって、私は望くんが幸せになる為の決断で柊夜ちゃんを選んだことには納得したけど、私が幸せになるのに望くんの彼女になろうとしたのは諦めてないからね~」


「うんうん! それは前にひいちゃんに言ったはずだよ?」


「はいはい、譲る気はありませんけどね……」


 最早諫めることを諦めた柊夜は紅茶を啜る。


「っていうか、ひいちゃんもそれを容認しているからこそ、千歳ちゃんと望くんを一緒にさせたんだよね?」


「わざわざ新しい敵まで増やしてね~」


「まぁ、そうですけど……」


 確かに、柊夜は二人が望を諦めていないという事を容認している。

 それは二人が親しい仲だからとか、関係が壊れるからという理由ではない。


「私は、自分の気持ちを押し殺してこの先を過ごすのが好きではないだけです。それなら、自分の気持ちに正直になってもらって、前に進んで欲しい————それが敵を増やす行為だとしても、私はそう思っていますから」


 だからこそ、柊夜は千歳にこの機会を与えた。

 自分の気持ちに向き合って、下を向かず前を向いて欲しいと思ったから。

 それが例え、自分の彼氏を諦めないと言う自分にとって不利益を生み出すとしてもだ。


「ふふっ、柊夜ちゃんもだんだん望くんに似てきたね~」


「むむむ、彼女としての余裕を感じるんだよ!」


 それを聞いて、二人は少しだけ悔しそうな表情をする。

 だけど、そんな二人の口元はほころんでいた。


 事実、二人は柊夜が望らしくなっている事には悔しくもある。

 段々、望の恋人としての風格が出てきているからだ。


 しかし、それを悔しがる事はすれど、嫌いにはならない。

 何故なら、彼女達全員―———そういった考えに救われてきたのだから。


「それに、望さんの事を好きになった人が何人いようが、私を超えることはできませんから」


「あー! 言ったなひいちゃん!」


「あ~あ、おねぇちゃんも今の発言にはムカッってなっちゃったな~」


 彼女の余裕。

 その堂々とした言いっぷりに、二人は笑みを浮かべながら苛立ちを募らせる。

 その発言は、未だに諦めていない二人を挑発したに等しいのだから。


「……まぁ、ひいちゃんのこの傲慢さは今に始まったことじゃないからいいけど」


「……そうだね~、これが柊夜ちゃんらしいというか」


「ふふっ、ありがとうございます」


 柊夜は小さく笑う。

 柊夜としても、この場所は誰にも渡すわけにはいかないと思っているし、奪われる訳がないと思っている。

 だけど、目下一番の脅威は目の前の二人だろう。


(油断ならない……なんて、考えてしまうのは望さんの彼女になれたからでしょうかね)


 全く、前途多難だ。

 そんなことを思って、肩が下がる柊夜だった。


「それにしても、千歳ちゃんが望くんの事が好きだっただなんて……麻耶さんは知っていたんですか?」


「ううん~、私も知らなかったかなぁ~。私も、大和ちゃんに会ったのは生徒会で初めてだしね~」


 まぁ、それも無理はないだろう。

 千歳と望が知り合ったのは望が中学三年の時だ。麻耶はとっくに高校に進学していたのだから。


「まぁ……望さんが今まで好かれなかった―———というのが不思議なくらいでしたし、そこまで驚くことでもないかと」


「それもそっか~」


「まぁ、望くんだしね!」


 皆、望の事を思って笑う。


 この場にいる全員が、望の魅力に惹かれて好いているのだから。

 故に、千歳が望の事を好いている事に疑問はない。


「でも、本当に無事に解決して何よりだよ~」


「ライバルは増えちゃいましたけどね!」


「ですが、望さんや他の人が前を向いて進んでいるのであれば……些細な問題ですよ」



 喫茶店では談笑が続く。

 己の気持ちにケリとつけて諦めないと宣言した少女の知らぬところで、今回の幕引きをしっかりと見守る少女達。


 それは、不思議と異様な光景でもなかった。

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