諦めないから

「私は、時森先輩のことが好きです」


 夕日の差し込むゴンドラ。

 ゆっくりと動いている観覧車は頂上に達し、一番の高さで遊園地内を見渡せる。


 そんな中、目の前に座る少女がその一言を発した。


「……は?」


 唐突だった。

 さっきまでは過去話で盛り上がっていたはずなのに……急な話題転換。

 その所為で、俺の頭は一瞬真っ白になってしまう。


 いや、そもそも————


「え?……は? お、俺の事が好き?」


「は、はい……私、時森先輩のことが好きです……」


 ……聞き間違いじゃねえのか。

 問いただしても、大和後輩から返ってきたのは肯定の言葉。


「う、うぅ……」


 そして、徐々に自分の言ったことが恥ずかしくなったのか、己の顔を手で覆う。


(あぁ……柊夜が言っていたのはこのことか)


 流石の俺でも、これで柊夜が言っていたことが分かった。

 向き合えって言うのは、大和後輩のこの言葉に対する答えなのだろう。


「……大和後輩」


「ッ!?」


 声をかけただけで、大和後輩の肩が跳ねる。

 それほどまでに緊張して、勇気を出していってくれたのだろう。


(……あぁ、分かってるさ)


 告白と言うのは尊い行いだ。

 勇気を振り絞り、関係が壊れてしまう恐れを乗り越え、今ある己の想いを伝える。

 それはすごい事だ。


 俺や、柊夜や、アリスや、麻耶ねぇみたいに堂々と口にしたわけじゃない。

 おずおずと、気恥ずかしそうにしていながらも、口にしてくれた。


 だからこそ、その想いにはしっかりと向き合わなくてはならない。

 それは、柊夜に言われたからではなく————己が矜持。


「……ごめんな」


「ッ!?」


 ————それが例え、否定の言葉であったとしてもだ。


「俺は、大和後輩の気持ちを受けとめてやれない」


 しっかり、大和後輩の目を見て伝える。

 この言葉で関係が崩れてしまうかもしれないけど……それでもだ。


「大和後輩にそう言ってもらえたのはすごく嬉しい。こんないい子に好かれた俺は幸せもんだ……だけど、俺には付き合っている人————柊夜がいる」


 そこだけは譲ることができない。

 俺の心の中には一人の女の子の存在があるのだ。


 でも、そうと決めていても……やっぱり、この言葉を口にするのは辛い。

 アリスの時も、麻耶ねぇの時も……心が痛んだ。

 だけど、これが大和後輩に対する誠意————俺が、ちゃんと口にしないといけない部分なのだ。


「そう……そうですよね……えへへ」


 その言葉を受けた大和後輩はぎこちない様子ではにかむ。

 瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。


「いえ……分かっていましたから、別に傷ついたりしてませんよ————だから、そんな悲しい表情しないでください時森先輩」


「……ッ!?」


 思わず手で顔を抑える。

 ……俺は今、悲しい顔でもしていたのだろうか?

 大和後輩の顔を見て、心が痛んだから自然と出てしまったのか?


「私、ちゃんと時森先輩がそう言うだろうなって思っていて、告白したんです。全然傷ついていない————なんて言ったら嘘になりますけど、本当に私は傷ついていません……むしろ、スッキリしているくらいです」


「……スッキリ?」


「はい……私、実はこの気持ちは伝えないつもりでいたんです」


 大和後輩はおどおどした様子から一変して、真っすぐと俺を見つめ返す。

 その表情はどこか晴れやかなものに変わっていた。


「時森先輩に彼女がいることを知って……この気持ちはなくさないといけない。これは横恋慕だって思って————この気持ちは抱いてはいけないと、頑張ってなくそうとしたんです」


「……」


「だけど、今日西条院先輩にこの機会を貰って、時森先輩と一緒に遊園地で遊んで、一緒に過ごして————逆に気持ちが強まっちゃったんです……えへへ」


 忘れ去ろうとした気持ちが、強まった。

 それは、想い人と一緒に過ごしてしまったから。

 本当に忘れ去りたいのであれば、極力関わらないようにすることが一番なのだろう。


 きっと、大和後輩もそれは考えたはず。

 だけど、柊夜がこの機会を作ってしまった————いや、もしかしたら柊夜はこれを望んでいたのかもしれない。


「だから、私は西条院先輩に言われたことを思い出して……後悔しないように、告白しようと思いました。……時森先輩には、申し訳ないことをしたと思っています」


「いや……別に、謝る必要はねぇよ」


 確かに、断る時は辛かったさ。

 だけど、自分を好いてくれている事を嬉しく思わないはずがない。

 それは、麻耶ねぇとアリスの時と同じだ。


「さっきも言ったが、本当に嬉しいさ。想いに答えれない事は心苦しいが、それでも嬉しさの方が勝っている。それに、勇気ある一言を邪険にするなんて絶対にしねぇ……もちろん、好意を寄せてくれていることも、だ」


「えへへ……その言葉を聞いて安心しました」


 嬉しそうに微笑み、大和後輩は俺に近づいてきた。


「私、やっぱり時森先輩のことが好きです。この気持ちは、やっぱり抑えきれそうにありません。だから————」


 すると、体面に座る俺の耳元で、そっと囁いた。


「私、諦めませんから……西条院先輩には申し訳ないですけど、これが今の私の気持ちです」

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