寝静まった夜に柊夜と

 夜遅く。

 アリスが寝静まった我が家のベランダには、心地よい夜風が吹き抜けていた。


 春と言えど夜は冷える。

 だから、寝巻きに一枚羽織った俺は、冷え込んだ夜を凌ぎながらベランダに出ていた。


「悪いな、こんな夜遅くに」


『いえいえ、望さんとのお電話は久しぶりなので、これと言って問題はありませんよ』


 そんな夜遅く。

 俺はスマホにイヤホンをつけて電話をしていた。


「今日の親子団欒は楽しかったか?」


『えぇ……終始望さんの話でしたが、楽しかったですよ』


 相手は柊夜。

 付き合い始めた彼女である。


『そう言えば、今日はTVに出たようですね。お父様が楽しそうに言っていました』


「……今度会ったら覚えとけって伝えといてくれ」


 勝手に出演させた挙句に勝手に帰りやがって……マジで今度覚えとけよ。


『ふふっ、お伝えしておきます』


 柊夜の楽しそうな笑い声が聞こえる。


『……それで、お話というのは何でしょうか? 少し声のトーンが低いようですし……何かありましたか?』


 ……流石は柊夜である。

 電話越しでも、何故か心が見透かされているような感覚を覚えてしまった。


「あぁ……実はなーーーー」



 ♦♦♦



『そんな事があったのですね……』


 通話を始めてから約10分。

 俺は今日あった大和後輩との出来事を少し掻い摘んで柊夜に話した。


「あぁ……どうにも出来なかった俺がちょっと歯がゆくてな……」


 どうして大和後輩は泣いてしまったのか?

 人にあまり相談するのも気が引けるが、それでもどうにかしたかったので、柊夜の知恵が欲しかったのだ。


 持ちつ持たれずの関係が俺達だ。

 何かあったら互いに相談するーーーーそう言われたからこそ、こうして柊夜に相談することにした。


『まぁ……望さんはそう言う性格ですからね。仕方ありませんよ』


「そう言う性格ってなんだよ……」


『女の子に対して過剰に男らしくあろうと言うところですよ。でなければ、何も出来なかったからと言ってここまで落ち込んだりしませんから』


 フッ、と。

 電話越しに柊夜が笑みを浮かべている様子が伝わってきた。


「それで、実際的にどうなんだろうな? 俺に原因があるんだったら、今すぐに謝りたい。だが、正直な話をするとどうして大和後輩が泣いてしまったのかが分からん」


 だからこそ、軽々しく謝りに行けない。

 ちゃんと理由が分かって、その上で反省して謝りたい。


 これは人としての最低限の誠意だと思うし、何しろ大和後輩も俺も、そんな中途半端な事はするべきじゃないと思うから。


『そうですね……実際に私もその場にいた訳ではありませんから、確たる事は言えませんがーーーー』


 柊夜は何か思い当たる節があるのか、少しばかり間を開けた。


『端的に言えば、望さんも大和さんも……そして私も。全員が加害者であり被害者と言うところでしょうか?』


「……は?」


 柊夜の発言に、疑問を覚える。


 俺が悪いのは分かる。

 大和後輩も当事者だから、もしかしたら彼女自身も悪いのかもしれない……それも分かる。


 だけど柊夜は?

 当事者でもなければ、一度も話に上がっていなかった。

 なのにどうして、柊夜が悪いと言う話になるのか?


「おい柊夜、それはどう言うーーーー」


『望さん』


 俺が疑問を口に出した途中、柊夜が加えて口を挟んできた。


『あなたと大和さんの間で何があったのか分かりません。私と望さんみたいに同じ場所で過ごした訳でもなく、アリスや鷺森さんみたいにあなたに助けられたかどうかも私には分かりません。ですがーーーー』


 寝静まった夜に、彼女の声が頭に響く。


『私は、誰もが前を向いた結論を出す事を望んでいます。それは私に限らず望さんも同じだと思います。でしたら、あなたはあなたらしく、やりたい事をやってください』


「……」


 意味が分からなかった。

 俺も柊夜も、前を向く結論を出す事を望んでいるのは確かだ。


 アリスも麻耶ねぇも柊夜も、それぞれが前を向いた結論を出てきた。

 それを、俺も望んできた。


 だが、今は大和後輩の泣いた理由を知りたかったのだ。

 やりたい事も……今は全く分からない。


 だけど、論点がズレているようで、何処か頭に残る。


『ふふっ、今こう言っても意味が分かりませんよね』


「……分かってるなら、俺が理解出来るアドバイスをしてくれよ」


『申し訳ございません。それは今の段階では私からは言えませんから。ですのでーーーー』


 少しばかりの間を空けて、柊夜は口を開く。


『お膳立てと時間はこちらで作ります。大和さんが前を向けるように、あなたが落ち込まなくて全て団欒として過ごせるようにーーーーそれが、私がこの幸せを貰った責任だと思っていますから』


「……そうかい」


 理解は出来ていない。

 俺は何をすればいいのか分からない。

 彼女が泣いた原因も分からない。


 だけど、柊夜がそう言っているのであればーーーー任せているようで申し訳ないが、きっと後は俺が向き合えばいいのだろう。


「……ありがとな、柊夜」


『いえいえ……これは私の話でもありますからね』


 時間ももう遅い。

 気持ちは未だに晴れないが、明日は遊園地に行くのだ。


 少し気分が軽くなったところで、そろそろ寝なくてはいけない。


 だから、最後に電話を切ろうとするとーーーー


『最後に……望さんは、しっかりと向き合ってください。あなたなら問題ないと思いますがーーーーきっと、それを大和さんは望んでいます』


 最後に、柊夜の言葉が電話越しに聞こえた。

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