大和後輩の家にて

「と、とととととととととときもり先輩が!ど、どどどどどどどどうしてここに!?」


「落ち着け落ち着け。流石にご近所迷惑になると思うから」


 日も沈んだ只今。

 目の前では寝巻き姿で驚く後輩の姿。

 そして、俺の肩には今にも吐きそうな会社での先輩がいる。


 ……うーん、話の出だしとしては異様な光景だ。


「とりあえず、大和さんって大和後輩のお兄さん? だったら、今すぐに中に入れてあげてくれない?」


 でないと、俺が作ったスーツがゲロ塗れになりそうだから。


「わ、分かりました! では、中で、ゆっくりして行ってください!」


「今、夜なんだが?」


 ゆっくりしたら日が変わるだろうが。

 家ではアリスが待ってんだ。出来れば早く帰らせてくれ。


(けどまぁ……先輩は中に入れてあげないとなぁ)


 ここではいさよならは流石に如何なものか?

 女の子一人で、成人男性を担ぐのは厳しいと思う。


 ……仕方ない、中まで連れていくか。


「それじゃぁ、お邪魔させてもらうけど……とりあえず、水を用意してくれない?」


 出来れば、トイレの前ぐらいに置いてもらえば助かる。



 ♦♦♦



「は、吐きやがった……」


「わっ、わぁぁあっ!?お兄ちゃんがごめんなさい時森先輩!」


 説明したくないので、省かせてもらうが……現在、俺のスーツがゲロ塗れ。

 しくしく、トイレまで連れていったのに、どうして俺に向かって吐くんだよ……。

 もうちょっと頑張ってくれよ……気持ちわる。


「はぁ……厄日」


「ご、ごごごごめんなさいっ!」


 凄い勢いで頭を下げる大和後輩。

 そこまで頭を下げなくてもいいんだが……どちらかと言うと、自室で寝込んでいるお兄さんに謝って欲しい。


「別に、怒ってないから大和後輩が謝るなって。どうせ新しいスーツでも作ろうと思ってたんだ。いい機会と思ってるさ」


 ……帰って、あのデザインを作るかな。

 ちょっとカジュアルすぎる気がするが、たまには悪くない。


 頭の中で徹夜の予定が組み上がった。


「それより、ごめんけど風呂貸してくれない? 流石にこの匂いのまま帰りたくない」


 幸いにして、ゲロ塗れになったのはジャケットだけだ。

 ……一応、シャツとズボンだけで帰れるのは帰れるが、思いっきり手と髪にも吐かれたからな。

 帰ってアリスに「臭い!」って言われる前に風呂に入りたい。


 女の子から臭いって言われるほど傷つくものは無いんだぜ?


「どうぞ! お好きなだけ! なんだったらお背中お流ししますから!」


「兄の失態を体で払おうとするな」


 この子はテンパるとここまでおかしくなってしまうのか……。

 少し、不憫に思えてきた。


(それにしても……この反応ってどっかで見たような気が……)


「ど、どうぞこちらへ! タオルはすぐにお持ちしますから!」


「お、おう……ありがと」


 謎の既視感に違和感を感じつつも、俺は案内されるがまま、ゲロの匂いを落とすべく風呂場に向かった。



 ♦♦♦



(※千歳視点)


(こ、このタイミングはダメだよぉ……)


 時森先輩をお風呂に案内し、私は1人リビングのソファーに突っ伏す。


 時森先輩が来てくれた。

 経緯こそ恥ずかしいものだが、それ自体は嬉しい。


 けどーーーー


(まだ、私の中で整理しきれてない……のに)


 初恋の片想い。

 あの時からずっと時森先輩の事が好きだった。


 だけど、この前の新入生交流会。

 先輩が高らかに布告したあの言葉ーーーー


『俺は!生徒会長である西条院柊夜と付き合っていまぁぁぁぁぁぁぁぁっす!だから、柊夜に群がるんじゃねぇよこん畜生共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』


「先輩……付き合ってるのかぁ……」


 言葉を失った。

 ずっと片想いしていた相手が実は付き合っていた。


 言葉を伝えなかった私が悪い。

 でも、ずっと好きだったんだ。


 だからこそ、整理がつくまで時森先輩とは距離を置きたかったんだけど……。


「お兄ちゃんの馬鹿……」


 せっかくいい企業に入ったのに時森先輩を連れてきちゃうだなんて……。

 それに失礼な事いっぱいしちゃうし……もう、最悪。


「変な印象持たれたかな……?」


 それがどうしようもなく不安になってくる。

 想い人に嫌われる事だけは、私にとって辛いこと。

 時森先輩は優しいから、これぐらいで嫌いにはならないと思うけどーーーー


「うぅ……やっぱり不安です」


 足をジタバタさせ、今の気持ちを落ち着かせる。

 と言っても、この行為にそんな解消効果はないのだが。


(それにしても、やっぱり時森先輩の事……)


 少しばかり想いを戻してみる。


 顔を見ただけで、声を聞いただけで、たまたまとはいえ自分の家に来てくれた事全てーーーー胸が高まってしまう。


 これはいけない事だ。

 付き合っている人を好きになっちゃうなんて人としてダメなはず。


 でも、どうしても忘れられなくてーーーー


「神楽坂先輩と鷺森先輩はどうなんだろ……?」


 時森先輩はかっこいいし優しい。

 そんな人が確かに、誰かに好かれないわけが無い。付き合っていて当然だ。


 だったら、いつも一緒にいる2人はどうなのだろうか?

 好きになったりしたのだろうか?


 もしそうなら、どうしたんだろうかーーーー


(今教えて欲しいなぁ……)


 学校が始まって2人に少し聞いてみよう。


 シャワーの音が聞こえてまい、少しドキドキしている中、そんな事を思ってしまった。

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