ギャルいは仕事が苦手

 ありふれた日常の一幕。

 と、カッコつけてみたはいいものの、これといって俺の日常が劇的に面白いことがある訳ではなく、淡々と消化される日々を謳歌している。


「先輩……これでいいですか?」


 しばらくの日付も変わり、ある日の放課後。やりたくもないサービス残業。

 明日はバイトがあるから出来れば早く帰って休みたい。

 なのに、この後輩は俺を解放しようとはしてくれないのだ。


「……はぁ」


「何ですかその反応は!?」


 俺は隣にいるギャルいに嘆息つく。


「別に怒ったりはしないけどさ……ここ、教えるの今日3回目だぞ?」


「うっ……!」


 俺の発言に言葉を詰まらせるギャルい。

 いや……別に怒りはしないけどさ?仕事なんて何回も失敗して覚えることだけど、流石にtodayに3回は……ちょっと。

 しかも、あまりミスはしたくない帳簿だから。


「とりあえず、次はやる前に持って来てくれ。でないと、このままじゃ帳簿が訂正印だらけになってしまう」


「……すみません」


 そんなあからさまに肩を落として落ち込まないでも……。

 別に怒っているわけじゃないんだからさ……。


 生徒会の仕事も新しいメンバーが加わり、しばらくが経った。

 二人も生徒会には大分慣れてくれたようで、コミュニケーションはギャルいの俺に対する態度以外は良好と言えるだろう。


 そして、分かったことがある。

 まず大和後輩。この子は大分呑み込みが早い。

 消極的な性格ではあるものの、与えられた仕事を丁寧に教えればほとんど完璧に持ってくる。

 今では俺の仕事が大分減って助かっているので少し嬉しい。流石は学年代表と言ったところか。


 次にギャルい。

 こいつは人懐っこいというかデリカシーのない性格をしている。しかし、生徒会メンバーとはすぐに打ち解け(※俺以外)、相変わらず先輩に尻尾を振っている姿は流石としか言いようがなかった。素晴らしい面食い。


 しかし、なんと驚くことにギャルいは超がつくほど仕事が出来なーーーーいや、この表現は流石に失礼か。

 彼女は、仕事が苦手なんだ。

 学年次席ーーーーだから頭はいいのだろう。だが、それとこれとは話が別だったようだ。


 与えた仕事はミスをして持ってくる。それも分からないなら聞けばいいのに、自分で手をつけてしまう。そして、失敗したから次こそはーーーーそうなれば負の連鎖だ。

 そんな調子がここ最近続いてしまい、折角楽になった仕事が増えていくばかり。


 ……だからか、中央にある狭いソファーで俺の隣に座るギャルいの表情はーーーー大分焦っていた。

 そんなに気負わなくても、気楽にやって欲しいんだがなぁ……。


 ーーーーしゃーない。


「柊夜」


「何ですか?」


 俺は会長席に座り黙々と仕事をこなしている柊夜に声をかける。

 すると柊夜は眼鏡を外し、いつもの整った素の顔を見せた。


「俺、今日は帰るわ」


「え……っ!?」


 隣でギャルいの驚いた声が上がる。


「はい、お疲れ様でした」


 柊夜は察してくれたのか、笑顔で労う。


「アリスと麻耶ねぇも、俺先に帰るから」


「おっけ〜!」


「じゃあ、またね!」


 麻耶ねぇとアリスにも声をかけ、俺はカバンを持つ。

 先輩にも挨拶しておきたかったのだが、本日は私用でお休み。

 こればかりは仕方ない。


「えっ……あ、あの……」


「時森先輩、帰られるのですか?」


 未だに戸惑うギャルいに、不思議そうに尋ねる大和後輩。


「あぁ、流石に疲れたからな。今日は帰らせて貰うことにしたんだ」


「そうなんですね……かしこまりました。本日も、お疲れ様です」


 そして、ご丁寧に頭を下げる。

 うんうん、なんて出来た子なんだろうか……。お兄さん、ちょっと嬉しい。


「せ、先輩……?あの……仕事が……」


 ……俺が急に帰るって言い始めて焦っているのか?

 愛想つかれたとでも思っているのかもしれんなぁ……。こんなにしょぼくれたギャルいは初めて見たぞ。


「仕事なんてそこら辺捨てとけって」


「それは流石に良くないですよ!?」


 見た目遊んでるように見えるのに、どうしてそんなに真面目な事を言うのか?

 本当に見た目とは裏腹なやつ。


「いいから、お前も早くカバンを持てって」


「……え?」


「今日は会計職務終了。明日は休みなんだからパーッと遊びに行こうぜ?」



 ♦♦♦



「まさか先輩からデートのお誘いを受けてしまうとは……」


「お前、そのセリフを絶対生徒会室で言うなよ?」


 現在俺達は、駅前の繁華街へと足を運んでいた。

 ゲーセンにカラオケ、今時の若者が好きそうなタピオカ屋さんまで。

 タピってやりたくなる程、高校生のたまり場が充実している。


「でも、いいんですか……?まだ今日終わらせる仕事が残っていましたけど」


「そういうのは柊夜にやらしておけばいいんだよ」


 嘘である。

 俺の職務を人にやらせるつもりなんてないし、押し付ける気もない。

 さっきアリスに俺の分の仕事を柊夜に聞いて、持って帰れる分だけ持って帰ってきて欲しいとお願いしておいた。

 だから……帰ったらやるとしよう。


「生徒会長に対してそんな扱いするのは先輩だけですね……」


「いいんだよ、知らない仲じゃないし」


 嘘である。

 柊夜は彼女です。


「それにしてもお前らしくない。いつもの生意気な態度はどこいった?うぅん?あざとさがなくなってるぞ〜?」


「人がセンチメンタルになっているというのにこの先輩は……!」


 拳を握ってプルプルと震えるギャルい。

 はっはっはー!全然あざとくない!胸きゅんなんてしないんだからね!





 ……まぁ、でも。少しは元気になってくれたかな?


 そんなギャルいの姿を見て、そう思ってしまった。

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