名前呼びって、恥ずかしくない?

「むー!」


 俺の分の料理の用意が終わり、現在みんなで食卓を囲んでいる。

 肉じゃがにコロッケ、お味噌汁に焼き魚。本日のメニューは和風よりのものだった。


「はい、望くん……あ~ん♪」


「……あーん」


 俺は麻耶ねぇから差し出された肉じゃがを頬張る。

 うん、すっげぇ美味い。流石は麻耶ねぇ、料理の腕はピカ一である。


「むー!むー!むー!」


 神楽坂が隣で頬を膨らませる。まるでリスだ。可愛らしい。

 ……しかし、そんな不満そうな顔をしないで欲しい。

 この状況はお前が作ったんだろうが?


「アリスちゃん我慢だよ~!これは人の家でイチャイチャしてるからの罰なんだから~。あ、もう一口食べる?」


「……いただきます」


 俺は再び差し出される肉じゃがを頬張る。

 ……美味いけど、これは少し恥ずかしいというか申し訳ないというか。

 こんな姿を見たら柊夜は卒倒して関節をキメてきそうだなぁ……。


 円形のテーブルで俺を挟むように座る二人。

 神楽坂の反対側に座っている俺は、現在麻耶ねぇにご飯を食べさせてもらっている————という言い方は誤解が生まれそうなので、食べさせられているという表現に変えておく。


 こんな状況になったのにも理由がある。

 俺が神楽坂に迫られている姿を麻耶ねぇが目撃、人の家でそんなことをしているのでお咎めを受けると思っていたのだが、代わりに受けた罰がこれ。


 神楽坂はお預けを食らった犬のような顔をしている一方、麻耶ねぇはご満悦。

 そして俺は嬉しい気持ち以上に、恥ずかしさやら罪悪感でいっぱいいっぱいだ。


 それはそうだろう。

 俺、悪くないもん。神楽坂が勝手に迫って来ただけなのに、どうしてこんな都市にもなって「あーん」をさせられないといかんのだ。


 嬉しいよ?美少女に「あーん」とか、男たちが見たら卒倒して襲い掛かりそうなほど羨ましい状況なんだけど……これ、柊夜にバレたら殺されるからね?


「麻耶ねぇさんやい?弟としてはそろそろ一人で食べたいと申させていただきます」


「だ~め♪これは罰なんだから~!」


「俺、悪くないよね?」


 世の中理不尽なものである。

 俺は完全に被害者だというのに。


「むー!むー!むー!」


「隣で頬を膨らませて、俺のわき腹をつねっている神楽坂の為にも、できれや辞めて欲しいと言っておきます」


 痛くないんだが……痛くはないけど、なんかここまで唸られたら可哀そうになってくる。

 俺の気持ちも含めて、出来ればやめていただきたい。


「しょうがないなぁ~。まったくもう、望くんは我儘なんだから~」


 何故俺が悪いみたいになっているのか?

 その言われようは大変不服である。


 麻耶ねぇは少しだけ不満気な表情をすると、俺から少し離れた。


「ほら神楽坂も……いつまでも頬を膨らませるんじゃない」


 可愛いけど、流石にそろそろやめていただきたい。

 普通に飯を食べたいんだから。俺は団欒とした食卓を望むんだ。

 ……望だけに。


 ……。


 ……すみません。


「……」


 俺のしょうもないギャグが寒かったという訳ではないが、神楽坂は一向に俺のわき腹から手を離してくれない。

 ……少しだけ痛くなってきたなぁ。


「……時森くん」


「……なんですか、神楽坂さん?」


 神楽坂は少しだけ納得いかないと言った顔で俺を見る。


「ひぃちゃんと麻耶先輩は名前で呼ぶよね?」


「ん?……まぁ、そうだな」


 麻耶ねぇは昔からだし、柊夜に至っては本人が「恋人なら当然!」と言われたので名前で呼んでいるが。


「……何で私は呼んでくれないの?」


「そ、それはだな……」


「確かにそうだよね~!呼んであげればいいのに!」


 2人からの言葉に思わずたじろいでしまう。


「ほ、ほら!俺が名前で呼んだら神楽坂も俺のこと名前で呼ぶだろ!?」


「そうだね……」


「そしたら、神楽坂は今までの呼び方的に「望くん」ってなるだろ!?そしたら麻耶ねぇと呼び方が被るから、作者も描写しにくいと思うんだ!」


「作者なんてどうでもいいんだよ」


「まさかの一蹴!?」


 ごめんなさい作者さん。ヒロインはどうやら作者の事なんてどうでもいいみたいだ。


「でも、本当のところはどうなの~?それが理由ってわけじゃないんだよね?」


「まぁ……その通りなんだが……」


「じゃあ、なんで呼んでくれないの?」


 神楽坂の目に言葉が詰まる。

 しばらく何かいい言い訳は無いか頭を回したが、いい案が思いつかない。

 ……しょうがない。


「俺も呼ぼうとしてたんだが……そ、その…なんだ。は、恥ずかしいんだよ……」


 俺は恥ずかしくなり二人から顔を逸らす。


 神楽坂も俺にとっては大切な人だ。

 そこに優劣はつけないと柊夜にも言ったし、これは偽らざる俺の本心だ。


 柊夜を名前で呼んだから、神楽坂も言わないといけない————そう思ってはいたんだが……いざ、呼ぼうとしたら恥ずかしいんだ。


「わっ……わぁっ……!」


「望くんかわいい~!」


 俺のそんな顔を見て、神楽坂は顔を赤くし、麻耶ねぇは楽しそうに俺の頬をつつく。

 あぁ……もう!だから言いたくなかったんだよ!


「と、というわけだから神楽坂————」


「アリス!」


「いや、だから恥ずかしいんだって……」


「アリスがいい!」


「あの———」


「呼んで欲しいなぁ……」


 そう言って、神楽坂は上目遣いを————あぁ、もう!

 どうして俺の周りの女の子は、こんなにずるいんだよ!?


「アリス……」


「うん♪」


 俺が名前を呼ぶと、神楽坂———もとい、アリスは嬉しそうに返事をした。


「よかったねぇ~アリスちゃん!」


「はい!麻耶先輩!」



 やばい……顔が熱いわ。

 俺、なんか最近女の子に弱くなっている気がする。



 恥ずかしいやら悔しいやら……。

 そんな気持ちを抱きながらも、俺は焼き魚を頬張る。


 その時の俺は未だに顔が赤かった。

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